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赤マントさんⅩ

 おかしい。壁が誘ってきたところまでは覚えている。そこからの記憶はなくなっていた。気づけば小鳥遊は消えていて、自分は家に戻っている。いつの間に帰宅したのか。気絶した自分を誰かが運んでくれたのだろうか。服も変わっている。白い服を着て、まるで話に聞く幽霊みたいじゃないか。そうか。俺は死んだのか。人間って意外と脆いんだな。腹蹴られただけで死ぬなんて。打ちどころでも悪かったのかな。そういうこともあるのか。それにしても今日は月あかりがきれいだな。まどの外に人がいるな。よく見ると小鳥遊じゃないか。そうか。俺は呼ばれているのか。でも眠いから寝るね。おやすみ。…うるさいな。そんなに俺に来てほしいのか。仕方がない。行ってやるか。窓くらい割って入ればいいだろ。俺は絶対起きないからな。震えて待ってろ。背筋に寒気が走る。ダメだ。寝ちゃだめだ。今行かないと。彼女の元へ行かないと。心臓は高鳴る。急いで窓を開けなくちゃ。鍵を開ける。勢いよく窓を開けて彼女に手を伸ばす。その瞬間煙のように消えてしまった。今日のシャンプーの香りが鼻の中を通って行った。瞬きをするとそこはオカルト研究部の部室だった。月花と鷹崎がティーカップを持っていた。彼らはあのまま止まったままなのだろうか。小鳥遊の姿を探したが見当たらなかった。彼女はどこへ行ったのか。言いようのない切なさが体を包み込むように襲う。失ったこの心の隙間は誰が埋めてくれるのだろう。誰が俺のことを痛めつけてくれるのか。いつもは本人も気づいていないほど死んだような目をしている彼女が、俺を痛めつけるときだけはしゃぐ子犬のように生き生きとしていた。俺はその顔が好きだった。なんとも言えない気持ちが涙を誘う。止めようと必死になったが止まらなかった。溢れるものは溢れる。仕方がないんだ。窓の外には赤いマントがいた。奴等が消えるまで待つしかないのか。俺ができることはないのか。

「それはデコイだ。」

静寂を切ったのは月花だった。彼女の長い前髪から鋭い目が覗いていた。

「小鳥遊はどこ?」

月花は首を横に傾けた。どうやら知らないらしい。ここにいたのも嘘なのか。最初から俺はここで一人気絶していたのか。でも、あれは確かに小鳥遊の蹴り。きっと連れ去られたに違いない。あの外に小鳥遊を連れ去った奴がいるのか。俺は気づかないうちに叫んでいた。

「誰だ!小鳥遊はどこだ!」

当然返事はない。

「それはデコイだよ。」

振り向くとそこには月花も鷹崎もいなかった。いるのは赤いマントが二人。

「それはデコイだっていっただろ。」

「先輩。こいつビビってます。」

動けなかった。今まで気づかなかった自分が恥ずかしい。震える唇で言葉を漏らす。

「小鳥遊はどこ?」

「さあ。」

赤いマントの唇が横に歪む。

「会いたいか?」

震えながらも確かな自信で首を縦に振る。

「やれ。」

赤いマントの合図とともにティーカップが割れた。歪む空間と一緒に俺の体は粉々になった。




月あかりの下並んで歩く赤いマント。

「しぶとかったですね。先輩。」

「そうだな。臭いし。」

指を一度鳴らす。外のデコイが煙のように消えていく。空を月が照らしていた。二人を照らしていく。

「転送装置があるなら僕たちもそれで帰ればいいじゃないですか。」

「…。」

「どうしたんですか。先輩。」

「いや、それもそうだなって思っただけで。その、いや。」

「あんな有能な先輩でも見落とすことがあるんですね。」

「そうだな。」

「あれは、デコイだ。」

声色をまねて後輩が言う。

「やめてくれ。」

「カッコつけてましたね。」

「うん。ダメかな。三十過ぎて後輩の前でカッコつけてちゃダメなのかな。」

「いや、いいんじゃないですか。」

「いいよね。やっぱりまだ大丈夫だよね。」

「アウトですよ。」

突然の裏切りに心が痛む。下を向いて小石を蹴とばす。

「だからかな。だから誰も寄ってこないのかな。今回のこの任務だって誰一人協力してくれなかったし。」

「僕がいるじゃないですか。」

立ち止まり、後輩の顔をじっと見る。

「え?今なんて。」

「時間ないですよ。早く戻らないと基地の門閉まりますよ。早くこの戦闘区域からでないと。」

走り行く二人を月は眺めていた。

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