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 電車に揺られながら旅は続く。日本の駅には、「世界の果て」という駅の他にも、「世界の中心」という駅がある。「世界の中心」という駅で降りると、世界の中心に行ける。大勢の人がそこを訪れる。もちろん、愛を叫ぶためである。

 いや、勘違いしないでもらいたいが、世界の中心で叫ぶ愛は、恋人への煩悩の塊のような愛ではなく、無慈悲な運命にさらされる被害者たちを救うための愛だ。それはもちろん、暴力を防ぐための愛の叫びである。

 ハーラン・エリスンに「世界の中心で愛を叫んだけもの」という題名の短編小説がある。非常に難解な作品で、何度読んでも意味がわからないので、ぼくが解釈したあらすじをネタバレして紹介すると、次のような感じである。

 クロスホエン(交差するいつか)が世界の中心である。


 クロスホエンって都市があって、その都市には、都市の内側で発生する暴力衝動を吸収する装置があって、都市の外側(あらゆる時間につながっている)に暴力衝動を排出している。この装置によって、クロスホエンは暴力のない平和な都市でいられる。クロスホエンは平和な理想郷だけど、クロスホエンの外側は狂気のような暴力や殺戮が頻発する。それで、「こんな装置はまちがっている。都市の外側を犠牲にするべきじゃない」という人が現れて、暴力衝動を吸収する装置の中に飛びこむ。その人は本当に愛に満ちていて、その人の心を吸収して排出した結果、クロスホエンの外側に安らぎが広がる。


 という感動的なお話なのだ。ぼくが2005年にネット掲示板に書き、ネット書店の書評にも書いておいたあらすじである。かなり好評を博し、参考になったという点数があっという間に五十くらい集まった。

 で、みんなは「世界の中心」に行くのだ。愛を叫ぶためである。暴力よ、なくなれよと。自分たちだけじゃなく、世界のみんなが幸せでいられますようにと、願いをこめて祈るために、「世界の中心」に行く。世界の中心から愛があふれ出て、世界の隅々にまで愛が届くことになる。このように、世界の中心に行くものは希望にあふれている。未来が開けている。

 ぼくのように、世界の果てを目指す者は、希望もなく、夢もない。ぼくは、暴力などなくたって、ただの対人関係で、負けて挫けて、死にたくなるのだ。相手は全然、悪意をもってなくても、ぼくはその場から追いやられ、圧迫され、死に追いやられるのだ。

 そんなぼくに世界の中心は似合わない。ぼくは、世界の果てに行くのだ。

 ぼくは自分だけの保身のために、世界の果てに行くのだ。世界の幸せをもたらすだけの力はない。ぼくは弱いのだ。ぼくは醜く、嫌われている。ぼくは決して幸せにはなれず、自分すら幸せにできないものが世界を幸せにできるわけがないという論理によって、ぼくたちは罪悪感から死を選ぶ。

 そんなぼくには、世界の中心より世界の果てが似合っている。


 実は、ハーラン・エリスンの「世界の中心で愛を叫んだけもの」は、訳し方によっては、「世界の心臓で愛を叫んだけもの」とも読める。世界の心臓。それが世界の中心にある。世界の中心に、世界の心臓が置いてある。世界の心臓は、世界中に血管を張り巡らし、新陳代謝をしている。世界の心臓で世界は変わる。そんな大切な場所が世界の中心だ。

 世界の心臓にぼくの心なんか放り込んだら、世界がきっと病原菌に感染したかのように迷惑するに決まっているので、ぼくは世界の果てを目指す。世界の中心なんて、ぼくには眩しすぎて、近づくことさえできない。

 ぼくは、世界の中心の駅を降りられない。それは、ぼく以外のみんなが世界の果ての駅で降りられないのと同じようなものだ。ぼくらは、ちがっているのだ。ぼくらは、異なっているのだ。どうか、同じだと思わないでくれ。

 ぼくは、みんなの仲間に入れない部外者で、世界の中心を素通りし、世界の果てに向かう。

 ぼくは、たぶん、性格が悪いのだろう。人と打ち解けられないのだ。

 ぼくは、ただ、世界の果てへ向かう。

 自分より弱いものしかいない世界の果てへ。

 ぼくは、自分より強いものと一緒にいたくない。ぼくは苦しんでいる。その苦しみは、世界の果てに行けば、癒えるだろう。

 早く、世界の果てに着きたい。


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