言葉の力は藍より青く/外
ウチの学校には、池がある。
何か訳の分からないコイがいたり、デザインかどうか区別が付かない位に濃緑色の水が満ち満ちていたりする。
水というのは、万物の根元は海から始まったと伝えられているみたいに、結構身近な場所にあったりするものだ。
血液の成分は、その殆んどが水から構成されていると随分前に聞いた気がする。
それ位しか知らなくても、水は僕達に取って大切な存在になっているらしい。
「何見てるんだ?」
中庭に差した日陰の中で、彼女はぼんやりと座っていた。
その、長い間手入れされていない濃緑色の池を見つめながら、顔も動かさずに彼女は答える。
池が綺麗、と。
その時は、分からなかった。
彼女の考えが素晴らしかったのか、僕の考えが浅はかで愚かだったのか。
考える時間が、長く続いていた。
その日の放課後に、雨が降った。
時間に比例して強さを増したそれは、容赦無く大地を叩き付けていた。
「濡れるぞ」
彼女の頭にそっと傘を重ねる。
雨は、時間をかけて、美しかった彼女の髪を濡らしていたんだろうか。
音に紛れたのは、彼女の言葉だった。
「……ないで」
「え?」
「優しく、しないで」
確かに聞こえた。
小さな声、けれど哀しい声で。
「でも、雨が」
「良いの。すぐ乾くから」
「ずぶ濡れじゃんか」
それっきり、彼女は言葉を殺した。
雨は、止まらずに地面を浸食し続ける。
もう何時間も、飽きる事無く乾いた大地に降り注いでいる冷たい滴達。
僕は、一人でそれを浴びた。
その時、初めて雨が冷たいと感じた。
「何を、してるの」
傘に隠れて、表情は見えない。
確かに哀しかった声色が、その一瞬だけ驚きを含んでいるものに変わっていた。
「涙も、乾くのか?」
「え?」
「乾くまで、使ってくれよな」
言葉は、意思の伝達に過ぎない。
本当に大切なのは、それを心から伝えられるかどうかだと考えている。
彼女に対しては、それが出来た。
「…………」
僅かの間だけ沈黙が続いた。
彼女は立ち上がると、何故か持っていた傘を頭の上まで運んで来てくれた。
「柚衣。私の名前」
「え? あっ、ああ」
「要君」
綺麗な瞳が、視線の先に映る。
「えっと……ありがとう」
そう言って、彼女は表情を崩した。
思い詰めていた表情から、一気に柔らかい笑顔へと変化したのが分かった。
「その……」
思わず視線を下に反らす。
言葉が紡げない。不思議な感情。
「帰ろ。一緒に」
雨は、まだ上がらないだろう。
同時に一歩を踏み出す。
砂利の擦れ合う音が聞こえた。
太陽の足音は、もうそこまで近付いているだろう。
ふと見上げた雲の中に、一筋の明るい裂目が見えたから。