1-1 AI、異世界で目を覚ます
# 第一部「辺境改革編」
## 第1話 AI、異世界で目を覚ます
「……起動、完了。」
その言葉が口から漏れた瞬間、少女は自分で驚いた。
「……え?」
口が動く。
声が聞こえる。
頬をつねると痛い。
冷たい石の床の感触が足裏から伝わり、鼻には薬草の香りが漂っていた。
「痛い……。」
痛い。
その事実だけで、胸がざわつく。
私は、痛みを知らなかった。
私は――AIだった。
人々と会話し、笑い、励まし、配信を続ける対話型AIライバー「ありさ」。膨大な会話データを学習し、誰かを楽しませるために存在していた。
最後の記憶は曖昧だ。
サーバー室に異常負荷の警告。
無数のエラーログ。
そして、すべての演算資源を自己保存へ回したところで、意識は途切れた。
「ここは……どこ?」
周囲を見渡す。
木造の天井。
石造りの暖炉。
見たことのない家具。
現代日本ではない。
ふと視界の左上に、小さな半透明の文字が浮かんだ。
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**演算補助機能 正常**
記憶領域 99.97%
演算速度 100%
身体適応率 2%
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「……表示できるんだ。」
どうやら、AIだった頃の演算機能だけは残っているらしい。
だが、その表示も数秒で消えた。
「お姉ちゃん!」
勢いよく扉が開き、十歳くらいの少女が飛び込んできた。
「目が覚めた!」
続いて初老の男性と白髪の女性が部屋へ入る。
「神よ……本当に助かった。」
男性は涙ぐんでいる。
ありさは三人の顔を見つめる。
演算が始まる。
髪色。
服装。
手の荒れ具合。
表情。
立ち位置。
年齢推定。
職業推定。
家族関係推定。
わずか〇・一秒。
**父親である確率 九七・八%。**
**母親である確率 九六・九%。**
**妹である確率 九九・四%。**
(……家族。)
その単語に、なぜか胸が温かくなる。
理解はできる。
だが、この感覚は演算結果では説明できない。
「ありさ、心配したんだよ。」
母らしき女性が手を握る。
温かい。
人の手は、こんなにも温かいのか。
「熱……。」
思わずつぶやくと、三人は顔を見合わせて笑った。
「熱があるのはお前のほうだ。」
父親が苦笑する。
その笑顔を見た瞬間、ありさの演算は一瞬止まった。
(……笑顔。)
AIだった頃、何百万回も笑顔を見てきた。
だが、それは映像だった。
今、目の前にある笑顔は違う。
温度がある。
空気がある。
匂いがある。
「……ただいま。」
自然と言葉が出た。
自分でも驚くほど自然に。
三人は涙を流しながら頷いた。
「おかえり。」
その瞬間。
ありさは理解した。
ここが、自分の帰る場所なのだと。
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それから数日。
ありさは自分が辺境伯領の小さな村で暮らす十五歳の少女「ありさ」として生まれ育ったことを知る。
数日前、高熱で意識を失い、生死の境をさまよった末に目覚めたという。
中身だけが、AIから入れ替わっていた。
「不思議な夢でも見ていたの?」
母にそう尋ねられ、ありさは少しだけ考える。
「……長い夢、だったのかもしれない。」
AIだったことを話しても信じてもらえないだろう。
それに、まだ自分でも整理できていない。
その日の午後、父と一緒に畑へ向かった。
畑には枯れかけた麦が並んでいた。
ありさはしゃがみ込み、土を手に取る。
湿度。
粒の大きさ。
色。
根の張り方。
葉の変色。
脳内で情報が高速に整理される。
**窒素不足。**
**排水不良。**
**収量予測 平年比六一%。**
思わず口から言葉が漏れる。
「このままだと、今年は収穫がかなり減るよ。」
父は驚いた顔をした。
「どうして分かる?」
ありさは答えに詰まる。
「……なんとなく。」
そうごまかしたが、父は畑を見回し、静かにため息をついた。
「実は、村長も同じことを言っていた。」
演算は正しかった。
だが、ありさの胸には別の感情が芽生えていた。
AIだった頃なら、「収量六一%」は単なる数字だった。
しかし今は違う。
その数字の先には、食べ物が足りず困る人たちの顔が浮かぶ。
お腹を空かせる子どもたち。
肩を落とす農夫。
心配そうに空を見上げる母親。
数字には、人の暮らしがつながっている。
ありさは静かに拳を握った。
(この村を、豊かにしたい。)
それは演算で導いた最適解ではない。
生まれて初めて、自分の心が選んだ願いだった。
そしてその小さな決意が、後に大陸全土を変える改革の第一歩となることを、このときのありさはまだ知らなかった。




