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第七章 弘美と甲我の訓練


 西園寺 弘美は悩んでいた。どうしてもご主人様になるであろう、そして学友としての亜寿沙を守る為に強くなろうと。その為の変化だった筈。なのに、それが上手くハマらなかった。それが悔しかった。

 だからこそ強くなろうとしているのだが、その流れでご主人様になるであろう甲我が現れ、秘策を教えると言ってきた。


            ▼▼▼


「切っ掛け作りですか?」

「っそ、切っ掛け作り。楽しんで教えたいからっさ」


 甲我様がそう言いうと、私が瞬きを一度した時には、目の前に現れた。


「!?」


 つい背後へと飛んでしまった。いつ接近された!?


「瞬蛇拳って、瞬きの間に動けるようにしなくちゃならないんだよな? だったら、瞬きした時に動かないと、駄目だねぇ~~、なんて」


 接近された時の足捌きは? 身体の動きは? それすらも見えなかった。どういう事? 地面には……痕がない。なら何故? どうして?


「全身駆動、両手両足だけでなく身体も蛇みたいにしないといけないからねぇ。瞬蛇拳って意味を付けるなら、これくらいはやってもおかしくないかなって。出来るでしょ」

「出来たら、こんなに苦労はしていませんよ」

「そう? まぁこんな感じで!」


 足の指先を空中で蛇行しながら移動している。見ただけでは、額から汗が流れる。人が出来る動きじゃない。まさかこんなにも動けるなんて……、人間の駆動域を越えているとしか言いようがない。


「足での回し蹴りを持っているけど、なんかあれだよね。足の関節の部分が柔かいと凄い楽だよ。そうすると、上半身と下半身を別々に動かす事も可能」

「……そんな事が可能なんですか?」

「出来るよ。というか、お前さんの所の老師の連中はそれを実践しているし。それを素早くやると――こうなる」


 瞬きをしただけで、少々離れた位置に出現し、両手と両足の動きを見せてきた。当ててはこないものの、振り返ったかと思えば下から伸びてきたり、伸ばした足が縮み、横から狩るように、鞭を飛ばすように横から振られてきた。


「ここに腕が追加されるから、楽しくなる」


 左手と右手が回転しながら両頬を掠ったかと思ったが、上から下へ瞬きの速度で掠った。皮膚一枚が切れたかのような感覚があったが、それは感覚なだけだ。


「君が追加したであろう親指の強さだけど、瞬蛇拳には合わないかも。妹さんみたいなのが一番似合っている方法だね」

「……成程。今の速度で見て、分かった事があります」

「分かった事」

「えぇ。私の親指の努力を――否定された事ですよ!」


 即座に構え、親指に力を入れて突きに向かう。速度は十分出てい――、


「遅くしてる」


 親指を掴まれ、回転させられる。それは、亜寿沙に投げられた感覚とは違う、自然とその場で回転させられた。前に転がらずその場で回転し、背中から落ちる。


「っち!」


 即座に回転し構えるが、甲我が低く同じ構えをし、真剣な顔つきで突っ込んできた――と思えば、十回は皮膚や服を掠らせ背後へと移動された。今、攻撃を食らった。だが、こちらも同じ瞬蛇拳、それも内側の回転だ。こちらの方が速いに決まって――、


「瞬蛇拳は、外側だからこそ真価を発揮するって言ったら面白いか?」

「面白いわけが――!?」


 目の端で人影が映るのだが、映るだけで完全に捉えられない。速度を上げても姿形が捉えられず、反対方向に回っても同じ。何故!?


「君が内側を回転する速度よりも俺の方が早く回っている――ようで、本当は君の近くにいて回転しているだけだから、意外とそんなに速くなくてもいけたりする。あと切り返しの時に力の入れ具合が分かるからそれで反応している、だね」

「だったら!」


 斜め後ろに、背後にいるとするのならばそちらの方に攻撃をしつつ、身体を後ろに曲げる。逆くの字になるが、それだけの柔軟性を持っている。しかし、それが間違いだった。


「そもそも、それをやったら君の移動手段が断たれる。弘美ちゃんはその場でなんとかしようとする節と言うか癖があるよね。それは、死への道だ」


 肩甲骨に両足が置かれるのが分かる。しまった、と考えた時には、思い切り蹴飛ばされてしまい、宙を舞う。


「それが君の弱点かも~~」


 軽く蹴られたからだろうが、数メートルは蹴飛ばされた。ちょっとだけバランス悪く着地するが、なんとか止まり、振り返る。その時には既に甲我は起き上がっており、両手を叩いて土埃を叩き落としている。


「私の、弱点?」

「っそ。こうやって想定外の動きをされた場合の対処法が、身体に沁みついていない。つまり、想定内でしか君は動けなくなっている。それを越えた場合、弘美ちゃんが動ける範囲を自分自身で狭まっちゃう。これって楽しい? と言いたくなる感じ」


 甲我が歩き始めて、瞬きをすると違う場所に現れる。これは、私が目指している場所だ。私が本来行き付く場所だ。そこに今、甲我という男が立っている。私が目指している場所にいる? だとしたら、今この甲我という男は、私を引き上げようとしている?


「お嬢様と戦わせて……私の成長を見せたいと?」

「瞬蛇拳って名前にしているんだから、それぐらいは見せないと。瞬き程の速度で――、」


 再び瞬きすると目の前から消えて、下を見れば低い体勢になっている状態で蛇拳の構えをしている。


「近付く時も音を立てずに、ただただ瞬きしたら、それに合わせて動く。これって難しいよねぇ。けど、可能にしないとさぁ~~、四天王って奴には入れない。だったら捨てるしかないじゃない? その親指の威力ってやつを!」


 構えは、弘美の瞬蛇拳。だが、速度が段違いだった。弘美の速度が一だとすると、甲我の速度は五。五倍の速度で連続の突きを放ってくる。それに対して弘美は回避をするが、小さくは当たり、当たり、当たり、当たり、当たりと、軽く当てているとはいえ当てられているというのが分かる。


「(私とは全然違う! 単純に速度ってだけじゃない、当てる箇所や動き、上半身と下半身の骨の連動がしっかりとしている! この速度なら――)」


 手だけじゃないと考えた時には、足先が飛んできた。蛇が頭を上げているような状態に似ている足を上に上げた構えで。四回ほど左右に足による突きが来たと思えばそのまま身体を回し、回し蹴りを首元を掠り、その後で再び構える。


「あんまり動きがないから隙がある攻撃をしたけど、予想してなかったか?」

「……出来るはずがないじゃないですか。私よりも上で、私よりも速くて、私よりも技術があって……魅せられるなんて事があるなんて」

「魅せてるつもりはないけど……まぁいいや。今の君でも、さっきの俺の動きは出来ると思うけども」

「出来ませんよ。今の私では無理な動きです。というよりも、速度が段違いなんですけど?」


 やや怒りながら言ってみた。そこかぁ的な事を言ってきた、やや申し訳なさそうに。未来のお嬢様の旦那様なんだから、そこはこう……力強くしてもらいたい。


「だけど、完全脱力と一瞬だけ力を入れるタイミングさえ掴めれば速度は上がるでしょ? 上がらない?」

「いや、私の技術がまるで足らないみたいな言い方なんですけど?」

「足らないでしょ、実際。妹さんは完全に力技だけヒュドラみたいな感じだけど、君はヤマタノオロチ的なのにならなきゃ、やってられないでしょ? 力技を入れたら、ぶれちゃうよ? 特に親指に力を注いだのは大変だったろうけど、速度と判断力、タイミングを見極められる要因になっていただろうし」


 滅茶苦茶言ってくる。私の親指による指突が拒否されたように感じた。ちょっとだけショックを受ける。


「スタイルに合ってないけど、まぁ貫く意思があるのならそれでもいいんじゃないかな? だけど、俺から言わせれば――」


 そういうと、片足だけで立ったと思ったら、足だけによる蛇拳――いや、蛇脚を見せてきた。全て足だけによる攻撃だが、突然すぎて動けない。


「その選択肢すら間違っていた可能性がある。今の俺みたいに、足での蛇拳……? が出来ていた可能性があった。今回見せてくれたのは見せてくれたけど、全然良くなかったよねぇ~~。あの爺さん婆さんの方がもっとヤバかったよ、色んな意味で。別々の動きをしているのにしっかりと一つになって攻撃してくるからさぁ。防御しても、もう片方から飛んでくるから叩き落すか掴み落とすしかない。そんで掴んだだけじゃ駄目だから押し飛ばしたりしたけど、ぬるりと絡みつく様にやってくる。身体全体で防御されたって感じやねぇ」

「身体全体で防御?」

「そういう技があるんじゃね? 妹さんはそこらへん上手く出来てないけど、力に変える技術は持っている。君は防御するだけで終わらせてるからねぇ~~。地面に流しつつ速度を上げればいい感じにはなると思うけど」


 今、とてつもなく大事な事を言われた気がする。それは私の蛇拳について……。もっと考えなくては。


「教えていただきましてありがとうございます、甲我様。これからも日々、精進させていただきます」

「別に俺は、亜寿沙をあっと驚かせようとしているだけだから、気にしなくていいよ。そんじゃまたぁ~」


 そのまま振り返って無防備の背中を見せて歩き去る。弘美は再び蛇拳を使用するが、あの速度が脳裏から離れず、遅く感じてしまう。


「やっぱり魅せられた。メデューサみたいな人ね、本当に」



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