第四章 西園寺 弘美の成長
西園寺家とは、龍宮寺一族に属している一家の一つであり、天才一家とも言われている。そして現在、甲我と訓練という名の殺しに向かっている西園寺の老人二人を相手に善戦している。甲我はそれだけ、若いから強いではなく技術があるからこそ強い、と他の者達は言っている。
そんな西園寺から出ている弘美もまた、天才の一人である。しかしながら、亜寿沙自身も天才であるため、大きく差が出ているところは、努力と自力の違いである。
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西園寺 弘美の構えは低く、左手と左足の振り、右手と右足の重心が特徴的である。しかし、そこが弘美の弱点でもあり強みでもある。
ボクサーのように前後左右への動きが早く、相手を逃がさないようにしている。ただ、逃げる相手には厳しい構えでもあるが、他と違い動きながら作れる構えでもある。だからこそ、
「(動きながらでも攻撃が可能!)」
弘美が斜め移動をしながら左手による指突を連続で行う。それを亜寿沙は叩き落とせ――ない。
「流石ね、弘美。私が捌けずに避けなければならない速度を出すなんて。流石、その年齢にして最速を欲しいままにした女」
「嬉しいお言葉ですが、簡単に回避されますと――褒められてる気がしませんよ!」
付かず離れずを維持している弘美に対して、亜寿沙は最小限の動きで回避しつつ距離を詰める。それだけで弘美は後ろに下がっていく。背後を一瞬で確認した弘美、壁に近付いている事に気付き、真横へ移動する――が、それをさせない亜寿沙は、目と肩でフェイントをいれて、足先の動きで弘美の動きを操る。
そして弘美は、右足の側面を壁に付けてしまい、内心で”やられた!”と叫ぶ。
「(相手を操る技術がとても高い。特に私の動きを無効化させるのは感覚と本能でやってみせている、天才相手は本当に困りますよ)」
そう考えている弘美も天才の部類には入る。だが、それでも尚、弘美から見て亜寿沙という人間は天才であると考えており、自分よりも強いと感じている。だからこそ、越えなければならないと考えている。未来の主になるかも知れない人相手に、越えなければならないと考えるのはどうなのかと自問自答を一瞬したが……。
「こうなる事は想定していたかしら?」
「していましたよ! 追い詰められた蛇は、何をするか分かりませんよ?」
「右手を使ってない時点で察しているけど、使うのかしら?」
「左だけじゃ駄目みたいなので、両手でいかせてもらいます、お嬢様」
右足を前に出し、右手を前に出して一瞬だけ構えると、左手とは違い真っ直ぐの速度と威力がある指突が亜寿沙の顔に向けて放たれる。それを紙一重で躱した――が、亜寿沙は熱を感じた。皮膚一枚だけ、当たった。
「流石ですわ。私の予測よりも遥かに鋭さが増している、それでいて速い。当たってしまいましたわ」
「!」
言葉は交わさずに息を止め、真っ直ぐの連続による指突攻撃を行う。それらを連続で、両足の指に力を入れながら固定させて。
「これは――今の私には近づけられないわね」
「(今の言葉は嘘ではない。ここからは、私が見せた事のない事! それを今、ここで発揮する!)」
西園寺 弘美は、亜寿沙のいうように最速を欲しいままにしている女である。そんな彼女が選んだのは”最速”。攻撃力ではなく速度を取った。決してこれは間違った方向ではない。速度を取り、殺傷力を上げるのが弘美の目指している道。
そうさせたのは、白濱 甲我である。
甲我が一年前に戦犯とされている龍宮寺総本山襲撃事件の際、破壊力を目指していた弘美だった。だが、甲我が襲撃をした際に魅せられたのは、技術力――ではなく、その速度だった。師範クラスが甲我の速度に全く対応出来ずに倒されてしまった。尻もちをついたが、速度と技術力の融合には、感動をした。思い出す度に恐怖はぶり返すが、同時に感動も思い出す。
脳裏に焼き付くとはこの事だろう。
「(行きます!)」
「行きますって顔をしているわね。それだけ、自信があると見たわ。でしたら来なさい、弘美。私が言えるのは、それだけよ!」
亜寿沙が一歩だけ後ろに下がると、弘美は即座に左手と左足を前に出して、先程とは違い一直線の突きの連続を放つ。それを亜寿沙は見るが、先程とは違い更に速度が速くなっている為、先程よりも回避する幅を広く調整する。そうでなければならないと判断した。理由としては――
「いい親指です。鍛えましたね?」
「(おかげで、親指で突いただけで木の板に焦げができましたけど!)」
「破壊力のある親指が後からきますか。ただ――」
「指の間に一撃入れて関節を外そうとしても無理ですよ? そこも、考え済みですので」
直後、弘美の動きが完全に変わる。亜寿沙の左側に移動したかと思えば、回し蹴りを放ってきた。だが軌道がおかしい。狙っているのは亜寿沙の左側の腕。一瞬だけ亜寿沙が止まるが、その瞬間に軌道が変わり中心に向けて真っ直ぐ伸ばされる。
「!?」
「驚いてくれましたか? ここからが、新たな私、西園寺 弘美の出せる、技です!」
床に足先が付けば、真直ぐに飛び出して両手による指突と親指のみの身体狙い、そこに狙いを外した回し蹴りからの直線攻撃、そして――相手の攻撃を絡め取るような関節技に持っていこうとする動き。
「技が増えましたのね」
「まだまだです――よ!」
低い体勢になりながら両足で蛇行しながら接近し、低い体勢を維持したままの下半身に向けての攻撃。これには亜寿沙も顔色を変えて、対応の仕方を変える。それは三メートルを自ら離れ、レスリングのように腰を低くし、両手をダラリと前に出す。それでも尚、弘美は止まらない。
「(あの体勢なら、動ける範囲は決まっているわね。ならば……突っ込むまで)」
そのまま弘美が水平蹴りを放ち、それを亜寿沙が防御しようとする。ので、途中で親指部分で水平蹴りを止めて回転し、斜め下に向けて蹴る。が、それを亜寿沙はギリギリで右腕を上げて防御する――のを見計らって両手と両足を使って身体を縮こませて、そのままの勢いで亜寿沙の上を通過。
亜寿沙は自分の今の体勢から出来る動きはなんなのかを考えたが、前に向けて飛ぶだけ。だが、途中で足が防御した腕から外れる。亜寿沙はその場で振り返り、弘美はムササビの様に両手両足を広げている。
「(このまま直進――せずに、背後へと飛ぶ!)」
再び身体を縮こませながら頭を上げて、後ろに向かって飛ぶ。距離を大きくあけた選択をしたことに驚いたのか、亜寿沙はその場で急停止す――、
「すると思いましたお嬢様!」
弘美が亜寿沙の前に出てきて、更に低空の前のめり指突が亜寿沙を襲う。亜寿沙は急停止の体勢のままで、攻撃するには全身が固まり過ぎている。そこから選択肢を増やさせることは可能だろう。だが、弘美の速度がそれをさせない。低空からの蛇拳――それも相手の足を狙った、最速の動きに最速の攻撃の合わせ技。これならば――、
「だと思いましてよ!」
亜寿沙が両膝を落とし、正座の状態になり、最速と最速をかけた攻撃を亜寿沙は――両手の指一本で弘美の攻撃を内側に閉じさせ、そのまま回転させて投げられる。
「!?」
「ここまでは私が止まる所までは正直、流石でした。ですが、私には鉄壁の防御があります。その防御の前では、意味を成しません」
亜寿沙は正座の体勢で真後ろに回転し、投げられた弘美を見る。弘美はそのまま転がり、壁に背中からぶつかる。
「ぶぎゃん!?」
「あら? 次が来ると思って用意していましたけど、その必要はないようですね」
ゆっくりと正座から立ち上がり弘美を見る。弘美は横に倒れ、やや項垂れながら立ち上がった。
「簡単にいなされましたね」
「別に簡単じゃないわ。私だって焦ったわよ。だけど私は、負けず嫌いなのよ。だから弘美には負けられないわ?」
「そう言ってもらえて助かります、お嬢様。ただ、私も成長したと思ったんですけど、まだまだでしたね」
「いえ、そうは思いませんよ。攻撃の突きには迫力がありましたし、途中で攻撃が増えました。それだけでなく、指を更に鍛えてこちらを削ごうとする勢いは、私でも捌くには時間が掛かると思いました。でしたので、方法を変えたのです」
「成程。なら、そこまでいけた事に喜びを持ちます。しかし、いなされた後も動けるようにならなければなりませんね。これは、甲我様に挑むにはまだまだ先のようです」
「甲我に挑むのなら、先ずは甲我の技術に負けない様にしなければなりませんね」
二人が甲我の方を見れば、他の老師達も倒したのか、甲我の周りに倒れている。一目で見た限りでは、甲我が老人虐待をしている図に見えるのだが、実際は老人に虐待されそうになったのを技術で回避しただけ。その証拠に、老師達は楽しそうにしている。甲我は、勘弁してほしい、と言っているが。
「老師に勝てなければなりませんかね?」
「そんな事はないわ。自分の得意分野を伸ばすのが一番ですのよ? 私だって、自分の得意分野を伸ばしていますもの。だけど、先ずは甲我との間に既成事実を作らなければ」
どこか頷きながら言う亜寿沙に、弘美は笑みで、
「お手伝いさせていただきます、お嬢様」
そう答えるのであった。




