第9話:剣聖との夕餉(ゆうげ)
第9話:剣聖との夕餉
店内はメイマルク騎士団の精鋭たちで埋め尽くされていた。使い込まれた鎧が擦れる音、豪快な笑い声、そして肉が焼ける芳醇な香りが充満している。
フリーゼは一番奥の大きなテーブルで手招きをしている。俺たちは促されるまま、彼女の対面に腰を下ろした。
席に着くのを見計らったように、湯気を立てる豪華な料理と飲み物が運ばれてくる。インがその光景に目を輝かせた。 「アザナ! すごくおいしそうだねっ!」
「……ああ。こんな上等な料理、普段は注文しないからな」
フリーゼはにこりと微笑み、手元のグラスを持ち上げた。
「遠慮なく食べてくれ。まずは乾杯しようじゃないか。今日という一日に」
三人のグラスが軽くぶつかり、澄んだ音が鳴る。それがこの静かな心理戦の開始の合図だった。
「食事を取りながらで構わないよ。改めて自己紹介をさせてくれ。私はメイマルク騎士団で団長を任されているフリーゼだ。巷では剣聖などと呼ばれているが、ただ光の魔力を運よく持っていただけの女さ」
「私はイン! アザナと一緒に旅をしてるんだ!」
それに続くように、俺も一度咳払いをして喉を整える。
「……名をアザナと申します。旅の道中、メイマルクへ向かうための補給でこの村に寄った次第です」
俺が胃の痛むような緊張を感じているのをよそに、インは「これ美味しい!」と幸せそうに頬を膨らませている。 (……こいつ、俺の気も知らないで呑気に……)
「この時期にメイマルクに赴くということは、オークションが目的なのかな?」
フリーゼの問いは、食事の手を止めないほど自然だった。
「ええ。道中で手に入れた魔道具の売買ができればと思いまして」
「なるほど。良ければいくつか見せてもらえないかな。私の両親は商人だったのでね、そういう品には興味があるんだ」
「もちろん構いませんが、あいにく今は宿に荷物を置いてきてしまいまして」
「それは残念。良いものがあれば私が買い取ろうと思ったのだが、まあ、オークションでの楽しみにしておこうか」
フリーゼの視線が、ふと俺の手元に止まる。
「アザナ殿、その指輪も魔道具と推察するが、どうかな?」
鋭い観察眼に、背筋に冷たいものが走る。下手に隠せば逆に怪しまれる。俺は平然を装い、指輪を見せた。
「ご名答です。これは魔力を込めることで剣を具現化する指輪です」
「見せてもらっても?」
俺は頷いて立ち上がり、指輪に魔力を込めた。
何もない空間から、静かに、しかし鋭利な光を放つ剣が一振り現れる。
それをフリーゼに手渡すと、彼女は慣れた手つきで剣の重みを確かめ、刃を検分した。 「素晴らしい剣だ。まるで新品同様だが……あまり使用していないのか?」
「いえ。この指輪から出現させるたびに、状態がリセットされる仕組みなんです」
「ほう、それは興味深い。アザナ殿、良いものを見せてもらった。ありがとう」
フリーゼは満足げに剣を返し、視線を隣のイン――彼女の指に光るもう一つの指輪へと移した。
「では、イン殿が付けているそちらの指輪は? そちらも武器が出るのかな?」
「あ、これは……」インが口を開きかける。俺はそれを遮るように、少し早口で言葉を重ねた。
「そちらはオークションの『目玉』にしようと思っている品でして。内容を知られると価値が下がるのが商売の常。剣聖様と言えど、そればかりは当日までの秘密とさせてください」
我ながら強引な誤魔化しだとは自覚していた。だが、もしインがここで「透過」を使えば、その魔力の揺らぎを剣聖が見逃すはずがない。
「なるほど、秘密か」
フリーゼはグラスを回し、琥珀色の液体を見つめながら少しだけ沈黙した。その数秒が、永遠のように長く感じられる。
「……ふふ、構わないよ。商人の娘として、秘匿したい気持ちはよくわかる。当日を楽しみに待つとしよう」
背中を冷や汗が流れる。なんとか一山越えた。
食事を楽しみつつインが色々とフリーゼに話しかけている。
「綺麗な髪ですね!」とか「その鎧、重くないんですか?」と無邪気に質問を浴びせ、フリーゼがそれに優しく答えるという、奇妙に穏やかな時間が流れた。
やがて皿は空になり、インも満足げに果実水を飲み干した。
給使が皿を下げ、テーブルの上が片付く。
そこでフリーゼが、藪から棒に告げた。
「ところでアザナ殿、メイマルク騎士団に入らないか? 君ほどの腕と冷静さがあれば、すぐに一隊を任せられる」
「……冗談がすぎますよ。俺はただの旅人です。今はインと旅をしている方が、性に合っている」
隣でインが、なぜか「当然でしょ」と言いたげなドヤ顔でニヤニヤしている。フリーゼはふふっと笑い、「まあそうだろうな。断られる前提で言ってみただけさ」とワインを一口飲んだ。
そして、彼女の瞳から温度が消えた。
「――襲撃の際、邪人が塵になって消えるのを見た者がいる。君たちは、何か知らないか?」
店内の喧騒が、一瞬で遠のいた気がした。目の前の女性から放たれる圧倒的な圧力が、酸素を奪っていく。
「……広場にはいましたが、邪人との戦闘で周囲を見る余裕はありませんでした。彼女を庇いつつ宿に戻るのが精一杯でして」
「そうか……。まあ、そうだろうな。君たちが宿方面へ下がる姿は、私も見かけていた」
「アザナ殿の話はわかった。邪人を塵にするほどの魔力の持ち主……もしそんな人物がいれば、国にとって大きな力となるだろう。見つけた際は、ぜひ教えていただきたい」
「……分かりました」俺は似合わない愛想笑いで答える。
フリーゼはそれ以上追及せず、潔く立ち上がった。「楽しい時間をありがとう。我々はこれよりメイマルクへ帰還する。また都で会おう。――必ずだぞ」
そう言い残し、フリーゼと騎士団達は酒場から続々と出て行った
村の外、馬に跨ったフリーゼに、副官が声をかけた。
「追跡中の邪人の群れが村を飲み込む前に掃討できて良かったです
それに団長、あの二人……どうでした?」
副官の問いに、フリーゼは夜道を見つめながら答える。
副官の問いに、フリーゼは夜道を見つめながら答える。
「分かりやすい表情の男だったよ。」
(真実と嘘を混ぜて話すのが下手ではないが、隠し事は下手だ。(それにアザナという男、何か知っているな……。メイマルクで会う約束をした。もし来なければ、手配書を回せばいい。……今は泳がせておこうじゃないか。楽しみだよ、オークションが)
騎士団はランタンを灯し、夜の静寂を切り裂いて、首都メイマルクへと向かい進軍を始めた。




