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第8話:白銀の招待

第8話:白銀の招待


 宿の重い扉を開けると、そこには先ほどまでの静けさは微塵もなかった。

広めのエントランスには負傷した住民が数人運び込まれており、その対応に追われる人々で騒然としている。カウンターの奥にいたはずの受付嬢も、乱れた髪を気に留める様子もなく、負傷者の手当て奔走していた。


「――っ、お二人とも!」


必死な面持ちで動いていた彼女が、私たちの姿を見つけるなり、弾かれたように顔を上げた。


「無事で……無事で良かったです……! 邪人の襲撃があったと聞いて、もうダメかと……」


「なんとかな。メイマルクの騎士団が来たから、もう安心だ」


アザナが努めて冷静な声で返すと、彼女は張り詰めていた表情をようやく緩め、何度も深く頷いた。


 彼女はまだ手当ての最中だったが、「お疲れでしょう、どうぞお部屋で休んでください」と私たちを気遣うように視線で階段を指し示した。

アザナは短く応じると、まだ混乱の残るロビーを避けるように、私の背中を軽く押して二階へと急いだ。


 部屋に戻り、内鍵をかけた瞬間に、アザナの肩からふっと力が抜けたのがわかった。彼は棚にあったグラスに水を注ぎ、一つを私に差し出した。


「……ありがとう」 私は震える指先でそれを受け取り、ゆっくりと喉を潤す。

差し出された水の冷たさが、ようやく現実味を引き戻してくれた。

アザナも自分の分の水を一気に飲み干すと、グラスを机に置き、鋭い視線を私に向けた。


「……イン。さっきの邪人を消したのは、お前の力で間違いないんだよな?」


 心臓がドクリと跳ねる。私はグラスを握りしめたまま、視線を落とした。

「わからないよ。ただ……アザナを助けなきゃって、それだけ思ったら、体が内側から熱くなって……」



邪人を一瞬で塵に変える光。アザナは考え込むように顎に手を当て、黙り込んだ。

彼が深く思考に沈むときの癖だ。その鋭い眼光は、まるで私の内側にある「何か」を見極めようとしているようだった。


(……間違いない。邪人を塵に変えるほどの、魔力による浄化だ) アザナは内心で

目の前の少女が秘めた力の正体を測りかねていた。

(光の魔力には邪の影響を弱める特性がある。だが、それが極限まで強ければ、邪人そのものを消滅させる攻撃魔法に転じる。……まさか、インがその適格者なのか?)


そういえば、と思い当たる節があった。

(以前、狼に襲われた時もそうだ。インが指輪を使った際、一瞬だけ狼が怯んだ。指輪を使う時は持ち主の魔力を消費するが、あの時、インから漏れ出した魔力が狼を威圧していたのか……?)


 アザナはふっと表情を緩め、私の頭にぶっきらぼうに手を置いた。

「なにはともあれ、インのおかげで命拾いしたよ。ありがとうな」

 真っ直ぐに感謝を伝えられ、私の胸の奥がじんわりと温かくなる。

「うん、アザナが無事でよかったよ……!」 私の返事に、彼は少し照れくさそうに視線を泳がせてから、再び真剣な面持ちで椅子を引き寄せた。私の目を真っ直ぐに見つめ、声を潜める。


「これは予想だが、イン、お前は『光の魔力』を保有している。それもかなり強力なやつだ」


「光の魔力……?」  私が首をかしげて聞き返すと、彼は教え諭すように続けた。


「光の魔力持ちはその力で邪の影響を和らげたり、邪人に有効な攻撃魔法を使えると噂で聞いたことがある。だが一般的には、邪に侵された人の進行を和らげるのが主な使い方だな」


「じゃあ、私の力で邪人になった人たちを救えるの!?」 思わず身を乗り出すと

アザナは少し言葉を選びながら答えた。 「完全な邪人になってしまうと厳しいかもしれないが……感染して間もない人なら、浄化できるかもしれないな」


 自分の力が誰かの役に立てるかもしれない。そう思うと、暗かった気持ちにパッと灯がともったような気がして、私は自然と笑顔になった。でも、すぐにその笑顔は暗い顔に戻ってしまう。 「……でも私、どうやって魔法を使えばいいのかわからないよ。さっきのも、咄嗟に出ただけなんだもん」



「それは今後の課題だな。俺も魔法が使えるわけじゃないから教えてやれない。メイマルクに着けば魔法が使える人もいるだろう。機会があれば教わろう」


「うん!」


 アザナの言葉に頷きつつも、彼はどこか険しい表情のまま、私の目を真っ直ぐに見つめて声を潜めた。

「だがイン、その力は、絶対に秘密にしておけ。たとえ相手が騎士団でもだ」


「どうして……? 人を助けられるかもしれないのに」


「国や貴族、さっきの騎士団……力を持つ者を連中は手元に置きたがる。お前の意思に関係なく、自由とは無縁の世界に閉じ込めて利用しようとするだろう。……いいか、面倒事はごめんだ。俺はお前をそんな連中に引き渡したくない」


アザナの言葉は厳しいけれど、その瞳には私を案じる確かな色が宿っていた。


「……多くの人は救いたい。でも、アザナと離れるのは嫌。だってまだ旅は終わってないんだし!」


私の言葉に、アザナは一瞬だけ虚を突かれたような顔をした。そして、照れ隠しをするように鼻を鳴らした。

「……ふん。まあ、お前はまだ俺に借金があるからな。それを返すまでは、勝手に出て行かれるのは困る」


「もう! アザナの守銭奴っ!」


ようやく私の顔にも笑顔が戻った。そんな私を見て、アザナも微かに口角を上げ

「いますぐ寝たいとこだが……まずは腹ごしらえだ」と立ち上がった。


 外に出ると、村の空気は完全に塗り替えられていた。

広場では邪人の死骸を焼き払う煙が立ち上り、鼻を突く嫌な臭いが漂っている。

だが、それ以上に異質だったのは、駐屯兵とは比較にならないほど洗練されたメイマルク騎士団の姿だ。



当たり前だが、邪人の襲撃はすでに終わっていた。流石は天下のメイマルク騎士団だ。すでに数は減っていたとはいえ、数十体程度の掃討は彼らにとって朝飯前だったのだろう。

返り血一つ浴びていない白銀の甲冑。一糸乱れぬ動き。彼らが歩くたびに響く重厚な金属音は、見る者を威圧し、絶対的な権威を知らしめている。


「……天下のメイマルク騎士団か。噂以上の猛者揃いだな」 アザナが警戒を露わにしながら呟く。


酒場へ向かう道中、住民たちの興奮した声が耳に入ってきた。

「聞いたか? 『剣聖フリーゼ』が自ら先頭に立っていたらしいぞ」


「あの不敗の騎士団長がか!? まさか、この目で見られるなんて……」



「ねぇ、アザナ……剣聖フリーゼって、そんなにすごいの?」


「俺も話で聞いた事があるだけだが。メイマルク騎士団長、剣聖フリーゼ。光の魔力持ちで、邪人相手でも人相手でも負けたことがないらしい」


「へぇ……あの時先頭にいた白銀の人かなぁ」


「恐らくな。立ち振る舞いや覇気が常人じゃなかったからな……」


話をしているうちに酒場へとたどり着いたが、そこには異様なほどの人だかりができていた。皆、中を覗こうと背伸びをしたり、ひそひそと興奮した面持ちで話し合っている。


アザナが人だかりの一人に「何事だ、これは?」と短く問いかけた。


「ああ、あんたたち知らないのかい? メイマルク騎士団がここで休息を取ってるんだよ。めったにお目にかかれない猛者たちの集まりだからな、みんな物珍しくて集まってきたんだ」  住人の一人が、誇らしげにそう答えてくれた。


そう言われて周りを見渡してみると、少し離れた場所では騎士団の立派な馬たちが、騒ぎをどこ吹く風と優雅に飼葉を食べている姿が見えた。



アザナはその光景を見るなり、私の手を引いて踵を返した。

「イン、今は騎士団がこの酒場で休息をとっていて満員らしい。今日は宿に戻って手持ちの食料で過ごそう」


「そっかぁ……。じゃあ今日は部屋でご飯にしよっか」  私が残念そうに肩を落とした、その時だった。


「そこの二人。待ちたまえ。――席なら空いているよ」

背後から響いたのは、凛としていて、聴く者の足を止める不思議な強制力を持った女性の声だった。アザナの肩が、目に見えて強張る。振り向くと、そこには兜を脱いだ白銀の騎士が立っていた。  透き通るような空色の、ため息が出るほど美しい髪。 整った美貌。だが、その深い青色の瞳には、すべてを射抜くような鋭い知性が宿っている。


アザナのただならぬ様子に、私は小声で尋ねた。 「……アザナの知り合い?」 「いや、知らないが……」


アザナは否定しながらも、その視線は鋭く彼女を捉えていた。 (……あの白銀の鎧。そして、一度聴けば忘れられないあの凛とした声。メイマルク騎士団が村に突入してきた際、先頭に立っていた人物と完全に合致する) (……間違いない。こいつが、メイマルク最強の騎士……『剣聖フリーゼ』か)


(……不味いな)  アザナの内心の声が聞こえるようだった。彼は瞬時に顔を作り、驚くほど丁寧な、それでいて胡散臭い愛想笑いを浮かべた。 「……これは失礼いたしました。偉大なる騎士団様の休息の邪魔をするのは申し訳ないと思いまして、遠慮させていただこうかと」


「堅苦しい挨拶は不要だ。住民や駐屯兵から話は聞いたよ。君と、そのブロンドの少女が、我々が着くまでの時間を稼いでくれたそうじゃないか」

フリーゼは悪意のない、しかし拒絶を許さない笑顔で一歩近づいてきた。 「勇気ある民に、夕餉を奢らせてほしい。断る理由はないだろう?」


アザナの愛想笑いが、引きつりそうになるのを私は見た。


ここで断れば、かえって怪しまれる。 「……滅相もございません。そこまで仰るなら、謹んでお受けいたします。イン、いいな?」 「うん……! アザナに任せるよ」


フリーゼは満足げに頷くと、「来なさい」と店内に戻っていった。その背中を見送りながら、私は小声でアザナに囁く。 「……アザナ、あんな顔もできるんだね」

「馬鹿にするな、命がけなんだよ……。いいかイン、余計なことは喋るな。あの人は……たぶん、この世界で一番強い」

 私たちは、まるで戦場への片道切符を手渡されたような緊張感と共に、剣聖の待つテーブルへと足を踏み入れた。



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