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第7話:邪人(じゃじん)

第7話:邪人じゃじん


メイマルクへ向けて歩み始めて三日が経過した。街道は整備されているものの、道沿いに点在する村々の様子は、この世界がどれほど「邪」に蝕まれているかを無言で物語っていた。

「ねぇアザナ、あの村……だれもいないね」


インが指差した先には、黒い蔦のようなものに覆い尽くされた廃村があった。


「ああ、邪に飲み込まれた村だ。建材の木や土までが邪の瘴気を吸い込みすぎると、ああやって黒い蔦が芽吹く。あそこまで進めば、もう浄化は効かない」


アザナは歩みを止めず、淡々と語り始めた。


「邪は、意思を持った生物のように人の心身を蝕む。最初はただの風邪のような症状だが、次第に理性は消え、最後には……親しい友人さえ食らう怪物『邪人じゃじん』へ変貌する。この間話した狼と同じだ。死にながら死後を歩く生き物。……まさに、この世の地獄だよ」


インの表情が曇る。アザナはその横顔を盗み見ながら、自分の中に封じ込めていた過去を、絞り出すように口にした。


「……俺の故郷もそうだった。父も母も、あっという間だったよ。俺が『アンドラの箱』を探しているのは、単なるおとぎ話への執着じゃない。あんな光景を二度と見たくないだけだ。世界を救うなんて大層な英雄願望じゃない、ただの個人的な復讐に近い使命感なんだ」


独りで背負い続けてきた孤独な背中。その言葉に宿る重い覚悟に、インは胸が締め付けられるのを感じた。この人はぶっきらぼうでたまに口は悪いけれど、誰よりも世界の平和を願っている。


「アザナ、独りでずっと頑張ってきたんだね……。今は私がいるよ。私、アザナの力になりたいな!」

「……そうか。お節介な奴だ。だが、一人でこの光景を見て回るよりは、隣で騒がしくしている奴がいた方が、気が滅入らなくていいのかもしれん」


 独り言のような呟きを、インは聞き逃さなかった。「でしょ! 任せてよ!」と、彼女はパッと表情を明るくして隣に並んだ。



 旅路も終盤、メイマルクまで数日の距離にある比較的大きな村に辿り着いた。ここ数日は野宿が続いていたこともあり、アザナは補給を済ませた後、久しぶりにベッドのある宿を確保することにした。


「……ふぅ、やっと柔らかい布団で寝られるね、アザナ!」

「ああ、たまには体を休めないとメイマルクまで持たないからな。おいイン、はしゃぎすぎて鍵を落とすなよ」


 宿の鍵を受け取り、荷物を置いて一息つこうと階段に足をかけ、上り始めたその時だった。穏やかな夕暮れの空気を引き裂くように、村の入り口から鋭い警笛が鳴り響いた


「……この警笛は、盗賊や敵襲があったときに鳴らされるもので間違いないな?」


 アザナは階段にかけた足を止め、落ち着いた声で受付嬢に確認した。

「は、はい! そうです……! 滅多なことでは鳴らされないはずなんですけど……!」


 顔を真っ青にして頷く受付嬢を見て、アザナは外の様子を窺うように視線を鋭くした。 「……分かった。様子を見てくる。イン、お前は先に部屋へ行ってろ」


「嫌! 私もついていく!」


 表情からするに、これは聞かないやつだ。アザナはしぶしぶ「分かった、なにかあれば指輪を使えよ」と返事し、騒がしい村の広場へと走り出した。


「ひっ、こっちに来るな……! うわあああ!」

 広場から絶望に満ちた叫び声が響き渡る。 「アザナ、これって……!」  インが息を呑む。広場では、村人たちが黒い血を滴らせ、正気を失った目で他者に襲いかかっていた。


「ああ、邪人で間違いない。……だが、この量はどういうことだ」


 二十体近い邪人が、駐屯兵と小競り合いをしていた。倒れている兵士に駆け寄り容体を見るが、すでに全身に黒い痣が広がっている。アザナは奥歯を噛み締めた。

黒い痣が全身に発症した場合すでに感染しきっている証拠だ。


 邪人の一人がアザナを感知し、襲いかかる。「イン、指輪だ!」 アザナは即座に指輪に魔力を込め、手元に出現させた剣で邪人を斬り伏せる。かつて人間だったものを斬る嫌な感触が、腕を通じて重く伝わった。


 だが、隣にいるインの体は、金縛りにあったように動かなかった。

目の前で繰り広げられる地獄絵図、そして変わり果てた人々の姿。あまりに凄惨なその光景に、頭の中が追いつかず混乱しているのだろう。


そこへ、さらに三体の邪人が殺到した。邪人は通常の人間より遥かに高い身体能力。

「三対一か、本気でまずいな。――イン、指輪を使え!」


 アザナの焦燥を含んだ怒声に、インはようやく我に返った。「あ、う、うん……っ!」  インは震える手で指輪に意識を集中させた。すると、指輪の内側が機械音を立ててカチリと一回転する。  次の瞬間、インの姿は空気へ溶け込むようにふっと消えた。


 アザナはインの姿が消えたことを確認し、迷いなく前に出た。殺到する三体の邪人に剣を鋭く振るい、一体の胸元を深く切り裂く。  だが、邪人たちは痛みを感じぬ獣だ。胸を割られてなお、その個体は表情一つ変えず、アザナの喉元を狙って手を突き出した。

その個体の指先は邪の影響で異常な成長を遂げ、黒く硬質化した鋭い刃物のように変異していた。


「くっ、しつこい……!」

 アザナは剣の腹でその刃を弾き飛ばすが、手に伝わる痺れるような衝撃は、それが火花を散らすほどの硬度であることを物語っていた。

 アザナはその衝撃を無理やりねじ伏せて一歩踏み込み、敵が体勢を崩したわずかな隙を逃さず、一体の首元に深く突き刺した。そのまま力任せに蹴り飛ばして距離を取る。

 ようやく一体を引き剥がしたのも束の間、今度は別の個体が地を這うような低姿勢ですぐ間近まで滑り込み、アザナの足首をガシリと掴んでその場に縫い止めた。

骨の軋む音を立てながら建物の壁を駆けてきた個体が、獣のように飛びかかってくる。

足首を掴む邪人の手を力ずくで踏み砕いて振り払い、飛び掛かってくる邪人を紙一重でかわした。


 二体の邪人の攻撃を受け続けているがこのままだと押し切られる。

致命的な追撃を避けるため、咄嗟にバックステップを踏んで大きく距離を取った。

 しかし、その着地の瞬間――体勢を立て直すわずかな隙を突き、建物の陰から一際巨大な邪人が猛然と飛びかかってきた。その化け物じみた剛腕が、アザナの視界を塞ぐように振り下ろされる。 まだ足が地面についたばかりで、次なる回避も防御も間に合わないアザナには、抗う術がない。


(――アザナ!)

 私は、アザナの危機に声が出た。  無意識にアザナの方へと右手を伸ばす。その瞬間だった。

熱い何かが、私の体の中から勝手に溢れ出した。

止める間もなく、それは凄まじい勢いで指先から突き抜けていく。

 放たれた眩い光は、アザナに躍りかかっていた巨大な邪人と、その周囲を取り囲んでいた個体たちを包み込んでいく。 光に触れた邪人たちは、声もなく、ただの黒い塵となって夕暮れの空に溶けるように消えていった


「――えっ?」

 光の余波の中、透過が解けて呆然と立ち尽くす私。アザナもまた、その光景に驚いている様子だった。  直後、静寂を切り裂くように、地響きと共に力強い蹄の音が響き渡った。


「メイマルク守護騎士団だ! 生存者を保護し、邪人を掃討せよ!」


 号令とともに、鮮やかな青と白の旗印を掲げた騎馬隊が、猛烈な勢いで村に流れ込んできた。  その先頭を走るのは、白銀の甲冑を纏い、一際鋭い覇気を放つ騎士だった。


その騎士が剣を振るうたびに、残っていた邪人たちが次々と一閃の下に沈んでいく


「……イン、大丈夫か。一度、宿に戻ろう」

 アザナは少しだけ声を和らげると、まだ呆然としている私の手を優しく取り、宿へと続く道に向かって歩き出した。



俺はインの先ほどの力について考えながらインの手をとり宿へと向かい歩き始めた

あの規格外の力。もしこれほど腕の立つ騎士たちの目に留まれば、必ず面倒なことに巻き込まれるだろう。


俺は背後の喧騒を振り払うように、振り返ることなく足を速めた。




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