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第6話:最高の買い物

第6話:最高の買い物


 太陽の眩しさで目が覚めた。  ゆっくりと体を起こすと、インは既に起きて身支度を整えていた。


「おはよう、アザナ! 昨日、途中で寝ちゃったみたいでごめんね」

「……途中どころか、記憶がなくなるまで飲んでたのはどこのどいつだ」


 俺は少し素っ気なく答える。こいつ、もしかして酔って記憶を飛ばしたのか? もともと記憶喪失な上に、酒でさらに記憶の空白を広げてどうする


「え? アザナと果実酒を飲みながら雑談してたら、そのまま寝落ちしちゃった……よね?」

「……まあ、うん。合ってる。そういうことにしておこう」


 俺は深くため息をつき、昨夜の心臓に悪い記憶を無理やり頭の隅へ追いやった。もし昨夜の「一緒に寝よう」なんて発言を少しでも覚えていたら、流石のあいつだって多少は恥ずかしがるはずだ。

 だが、目の前のインは一点の曇りもない笑顔でこちらを見ている。

(インには今後、深酒は厳禁だな……。何をしでかすか分かったもんじゃない)



 メイマルクへ旅立つ前に、俺たちは二人で市場へ買い出しに出た。


「この町とももうお別れかぁ。なんだか寂しいね」

「まあ、また来る機会もあるだろう。メイマルクはここよりずっとデカいぞ。きっと驚くぞ」

 旅に必要な消耗品を買い揃えながら、活気ある市場を歩く。すると、インが「あ!」と声を上げた。


「見てアザナ、果実酒売ってるよ!」

「旅の荷物になる。それに……」


俺は、一点の曇りもない笑顔で酒瓶を見つめる彼女を、ジト目で一瞥した。


「……お前は、しばらく禁酒だ。メイマルクに着くまではお預けだな」

「えぇーっ! なんでぇ? 昨日あんなに美味しいって一緒に飲んだじゃない!」  


インは納得がいかない様子で、俺の服の袖をぐいぐいと引っ張ってくる。


「……はぁ、わかった。その代わり、次はグビグビ飲まずに、水で少し割ってから飲むこと。それなら体への負担も少ないし、ゆっくり味わえるだろ? その約束を守れるなら、メイマルクで買ってやる」

「水で割ってもおいしいの? ……わかった! アザナがそう言うなら、次はそうやって飲むよ! 約束だからね!」


 指切りでもしそうな勢いで顔を近づけてくるインに、俺は根負けして頷いた。結局のところ、彼女の笑顔には勝てないらしい。


「あと、今更なんだがイン。お前の装備を新調しようと思う」

「えっ、今のままじゃダメなの? かわいいじゃん、これ」


 インは自身のワンピースの裾をつまみ、首をかしげた。


「その服もいいが、これからの旅を考えると心もとない。この間も森を歩いている時、枝に引っ掛けて破きそうになっていただろ。今のままじゃ防御力も皆無だし、すぐにボロボロになっちまうぞ」

「あ……そういえば、あの時『あわわ』ってなったかも。……でも、私、お金持ってないよ?」


 申し訳なさそうに上目遣いで見てくるインに、俺は小さくため息をついた。


「一週間、依頼を詰め込んだからな。路銀には多少の余裕がある。お前もよく手伝ってくれたし、今回はプレゼントだ」


 俺が通りの先にある防具屋を指差すと、インの視線がそちらへ吸い寄せられた。


「あそこで、旅用の服や靴を一式揃えよう。……おい、まだ話の途中だぞ」


言い終わるかどうかのうちに、インの表情がパッと輝く。


「やったー! アザナ、太っ腹!」


 さっきまでの申し訳なさそうな顔はどこへ行ったのか。インは跳ねるような足取りで、吸い込まれるように店先へと駆け寄っていった。


 店に入ると、インは楽しそうに店内を眺め、装備を吟味し始めた。


「わぁ、すごい……! アザナ、これとか可愛くない? ひらひらしててお姫様みたい!」

「……イン、それはただのドレスだ。森で枝に引っ掛けて破くために買うのか?」


 俺は苦笑交じりに彼女をいさめると、棚から丈夫な生地のケープと、膝丈のハーフパンツに革のレギンスや靴など装備一式を選び取って手渡した。


「これにしろ。動きやすさ重視だ」

「えぇ……。なんだか、ちょっと地味じゃない? せっかくの新しい服なのに、なんだか男の子みたいだよ……」


 インは渡された装備をまじまじと見つめ、少し残念そうに唇を尖らせた。


「いいか。旅の装備ってのは、目立つためじゃなく体を守るためにあるんだ。華やかさはなくても、丈夫で動きやすい。それが一番お前の助けになる。……それに、シンプルでもお前には似合うと思うぞ」


「……アザナがそこまで言うなら、着てみるけど」


 インはまだ少し半信半疑な様子で、試着室のカーテンの向こうへ消えた。しばらくして、少し照れくさそうに顔を出す。


「どう……かな? 似合う?」


 試着室から出てきた彼女を見て、俺は一瞬、言葉を詰まらせた。

ブロンドの髪をケープの外に出し、少し大人びた印象になったイン。以前泊まった宿でも言われたが、彼女の容姿はかなり整っている。実用本位で選んだはずの装備なのだが、彼女が纏うと、どこか高貴な騎士を思わせるような凛とした佇まいがあった。


(……安物の装備のはずなんだがな。纏う空気が、その辺の連中とは根本から違う。やっぱり、どこか良いとこの出なのか?)


インは新しい装備の感触を確かめるように足踏みをしたり、腕を回したりしている。


「……ああ、似合ってる。サイズも問題なさそうだな」

「えへへ、なんか強くなった気分! これなら悪い奴が来てもパンチで倒せちゃうかも!」

「調子に乗るな。戦うのは俺の役目だ。お前はおとなしく隠れてろ」

「は~い!」


 満面の笑みで返事が返ってくる。 これまで、自分の命を繋ぐための道具にはいくらでも金を払ってきた。だが、自分以外のために使ったこの数枚の硬貨が、俺の人生で最も価値のある、最高の買い物だったような気がした。



「さて、買い出しはこれで終わりだ。メイマルクに向けて出発するぞ。……イン、これを持っていろ」

 俺は新しく買ったばかりの小さな腰袋を彼女に渡した。


「これ、なーに?」

「非常食の干し肉と、予備の薬草、あとは多少の硬貨だ。もしはぐれた時、最低限生き延びられるようにな」


 自分でも驚くほど、彼女のことを気にかけ始めている自分に気づく。

最初は伝説の『アンドラの箱』か、はずれでも金目の物が入っていればいい、くらいに思って開けた棺だった。だが、中から出てきたのは金貨ではなく、この賑やかで、若干食いしん坊な、記憶喪失の少女だった。

そんな彼女に、俺はいつの間にか惹かれ始めていた。


「アザナ、顔が真面目すぎるよ! せっかくの旅なんだから、もっと楽しもうよ!」


 俺の思考を見透かしたように、インが俺の額に優しくデコピンを飛ばしてきた。


「……分かってるよ。ほら、行くぞ」

「うん!」


 二人は町を抜け、大きな街道へと足を踏み出した。 目指すは、年に一度、世界最大のオークションが開催される都市、メイマルク。そこには「アンドラの箱」の手がかりがあるのか、それとも新たな波乱が待ち受けるのか。








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