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第4話:夕刻の遭遇

第4話:夕刻の遭遇


 翌日。俺たちは地図を確認しながら、川の上流付近を目指して町を出た。

町外れの森に入ったところで、俺は隣を歩くインに一度声をかける。


「いいか、森には人間を襲う獣もいれば、盗賊がいる可能性もある。この辺りだとオオカミが出るからな。注意して進むぞ」


 インのゆるい返事に一抹の不安を覚えるが、今のところ周囲に危険な気配はない。

やがて目的の川にたどり着くと、インはいそいそと水浴びの準備を始めた。


「アザナは周りを見張っててね♪」


「言われなくてもやるよ。指輪は念のため着けたままにしておけ」


「ふふっ、覗きたかったら、見てもいいよっ?」


「いいから早くいってこい」


 軽口を叩くインを追い払い、俺は見張りに専念する。

もっとも見張りといっても魔道具に頼っているので

そこまでやることはない。


 リュックに下げた魔法のランタンを取り出し、自身の魔力を再充填する。

このランタンは、敵性な存在が近づくと、青い炎が「赤」へと変わる仕組みだ。


 魔力を充填し終えた俺は、近くの平らな石の上で昼食の準備を始めた。

パンを切り分け、水筒を用意する。川のせせらぎと鳥の鳴き声だけが響く中

のんびりとした時間が過ぎていく。


 しばらくして、湿った長い髪をタオルで拭きながらインが戻ってきた。

「お待たせ~、さっぱりしたよ~♪」


インは清々しい顔で俺の隣に腰を下ろすと、並べられた食べ物を覗き込んだ。


「ねぇ、お昼はなにかな~」


「大した物は持ってきてないよ。……ほら、町で買ったパンだ。どれにする?」


「わぁ、おいしそう! じゃあ、こっちの丸いやつにする!」


 俺が差し出した数種類のパンから、彼女は一番大きなものを迷わず選んだ。

残りを自分の口に運びながら、俺は午後の予定を告げる。


「帰り道は、薬草とか採取しながら帰ろうな」


「薬が必要なの?」


「路銀を少しは稼がないと。薬草は見つけやすいし売れるから、手早く小遣い稼ぎになるんだ」


「なるほど……。おっけー、一緒に探すね!」


 パンをちぎりながら、インは元気よく答えた。

無邪気に笑う彼女を横目に、俺は少しだけ減ってきた財布の重さを思い出す。

インがいる分、支出も増えている。

正直、これからの資金繰りはなかなかに厳しくなりそうだった……。


 食事が済み、目的の水浴びも完了したので、後片付けをして町に戻る道を進み始めた。

道中、俺はインに薬草の判別方法や種類を教えながら、採取を進めることにした。


「いいか、イン。この薬草は、茎に細かい産毛が生えていて、触ると少しだけザラついている。ツルツルしている方は毒草だから、必ず指先で確認しろよ」


「はーい! ザラザラがお薬だね。……えっと、これは……。ザラ……うーん、ちょっとだけザラっとしてる……かな?」

 インは茂みの前でしゃがみ込み、葉や茎を慎重に指先で撫で回しながら、真剣に首を傾げている。

それからしばらく、俺たちは黙々と作業を続けた。

 結構な量の薬草が収穫でき、周囲が夕刻の淡い光に包まれ始める。

「もうそろそろ本格的に帰ろうか」

 少し離れた位置で、いまだに草の山と格闘しているインに声をかける。

「わかった!」

 インは二つの草を左右の手に持ち、指先で交互にこすりながら、眉間にシワを寄せて難しい顔をしていた。

「……なぁ、イン。ちゃんと触って確かめたか?」


「もちろん! ……でも、こっちは少しだけザラっとしてるし、こっちもさっきよりはザラついてる気がするんだよね。……うーん、どっちかなぁ」

 インは真剣に悩んでいたが、やがて「えいっ」と小さく声を出すと、手に持っていた両方の草を迷わずリュックに放り込んだ。

「……おい、今、両方入れなかったか?」


「だって、せっかく見つけたのにもったいないでしょ? どっちかが本物なら、両方持っていけば正解だよ!」

 インは名案だと言わんばかりに、ニカッと満面の笑みを浮かべてリュックを叩いた。  どうやら彼女の辞書に「迷ったら捨てる」という選択肢はないらしい。

(あいつ、結局そうやって全部詰め込みやがったな……)

 町に戻ったら、宿で再選別しないとな……。俺は小さく溜息をつき、帰路へ向けて歩き出した。

その後ろを、インがパンパンになったリュックを揺らしながら楽しげについてくる

ふと、俺の足が止まった。

 リュックの横で揺れていた魔法のランタン。先ほどまで穏やかな青色を灯していたその炎が、一瞬で濁った赤色へと変色したのだ。


「イン! 早くこっちに来い!」

俺の鋭い声に、インが肩を跳ねさせた。

驚きながらも駆け寄ってくるインを背後に庇い、俺は自身の指輪に魔力を注ぎ込む。  カチリ、と指輪の内側が機械的な音を立てて一回転した。

直後、何もない虚空から一本の鋭い剣が出現し、俺はそれを迷わず右手で掴む。


「……なんか、臭いね」

インが鼻をつまむ。風に乗って、うっすらと生臭い匂いが漂ってきた。

ただの獣の臭いじゃない。肉が腐りかけたような、鼻を突く嫌な匂いだ。


「イン、指輪を使え! 俺が劣勢なら迷わず逃げろ!」


「えっ、でも……!」


言いかけたインの視線の先――。夕闇が濃くなり始めた木の陰から、一匹の狼が音もなく姿を現した。


 狼は俺の姿を見るや否や、喉の奥で「グルル……」と低く唸り、地を蹴る。

狼は弾丸のような速さで俺に向かって走り出した。 俺は剣を構えて迎え撃つが、狼はぶつかる直前、まるで関節を無視したような動きで真後ろへとステップを踏み、俺の斬撃を紙一重で躱した。


「イン! 早く指輪を使え!」

 狼の異様な動きと気迫に圧倒されたのか、インはその場に尻餅をついて動けなくなっていた。


 俺は一瞬だけ背後の彼女に目を向け、すぐに視線を敵へと戻す。  

そして、対峙した狼の「正体」を目の当たりにして、奥歯を噛み締めた。

「……っ、こいつは」

 狼の体には、三本の矢が深く突き刺さったままだった。  さらに、腹部は大きく抉れ、中からはみ出した内臓が地面を引きずっている。

 本来なら、生きて立っていることすら不可能な死体。  

だが、そいつの傷口からはどろりとした黒い血が溢れ、その目は憎悪を宿した赤に染まっていた。

「邪人……いや、邪獣か」

 じゃに感染した生物は、生命活動が停止してもその身を「邪」に操作され、動く感染源として他の命を狙い続ける。目の前にいるのは、もう生き物ですらない。


「指輪を使えっ!!」

 俺の怒号に近い叫びに、インは震える手を抑え、指輪を視認して、なんとか透明化することができた。ふわりと陽炎のように、彼女の姿が森の景色に溶けて消える。


その瞬間。牙を剥いて飛びかかろうとしていた狼が、まるで目に見えない毒でも浴びせられたかのように、ガクンと膝を折って激しくよろめいた。

「グルッ……ガ、ア……ッ」

 狼は獲物を見失ったというより、何かを激しく拒絶するように、苦しげに頭を振り乱している。

(……なんだ? 何が起きた?)

 一瞬、思考が止まりかけたが、俺はすぐに目の前の隙に食らいついた。

理由は分からない。だが、今なら殺せる。

 地面を蹴り、一気に間合いを詰めて――渾身の力で剣を振り抜いた。

鋭い手応えとともに、狼の首筋に深く刃が食い込む。

 だが、首を叩き落とすまでには至らなかった。狼の傷口から、腐臭を放つ黒い液体がしぶきとなって噴き出した。


狼が耳を劈く劈く(つんざ)ような咆哮を上げる。俺は深追いせず、即座にバックステップを踏んで大きく距離を取った。

狼は首からどろりとした黒い血を絶え間なく溢れさせながら、憎悪に満ちた目で俺を睨み据えている。

普通なら即死してもおかしくない傷だ。しかし、邪獣は出血などお構いなしに、再び俺へと牙を剥いて飛びかかってきた。

 俺は冷静にその軌道を見極める。空中で無理な姿勢のまま迫る狼を、最小限の動きで半身になって避けた。

 すれ違いざま、渾身の力を込めた二撃目を叩き込む。

鈍い音とともに、今度こそ狼の首が宙を舞った。

頭部を失った巨体は、勢い余って地面を数回転し、やがてピクリとも動かなくなった。  その場には、鼻を突く生臭い匂いだけが漂っている。


「イン! もう大丈夫だ、出てこい!」


 俺が叫ぶと、何もない空間が揺らぎ、少しずつインの姿があらわになってきた。

彼女はまだ、腰を抜かしたまま地面に座り込んでいる。

「いや~……びっくりしたぁ……。流石はアザナさん、本当に倒しちゃうんだね」

 強張った顔で、それでもインは精一杯の声を絞り出した。

「ああ。まさかこんなところで邪獣に出くわすとはな。……怪我はないか?」

「うん、腰が抜けちゃっただけ……。ねぇ、今の剣って、その指輪の能力なの?」

インは俺が消し去ろうとしていた剣を、不思議そうな、それでいて少し安心したような目で見つめた。



「そうだ。魔力を込めればいつでも出現する。刃が欠けても、一度消して出し直せば修復される優れものだ。……ほら、立てるか?」


 差し出した俺の手を掴み、インはふらつきながら立ち上がった。だが、その視線はすぐに、転がっている狼の無残な死体に吸い寄せられる。

「あの狼……あのまま置いていくの?」


「いや、火葬する。死体を他の生き物が食えば、そいつも邪に感染するからな。……少し離れていろ」

俺はリュックから小さな瓶を取り出すと、中にある油のような液体を狼の死体へ振りりかけた。火打石を打ち合わせ、手際よく火をつける。

  途端、ボオッ、と激しい勢いで炎が立ち上がった。邪に感染した死体は驚くほど燃えやすく、内側から油が噴き出すようにして火が回っていく。跡形もなくなるまで、そう時間はかからなかった。


インはその炎を、何が起きたのかを飲み込めない様子でぼうっと見つめている。

「さっさと帰るぞ。夜道で二匹目に出会いたくはないからな」

 俺が声をかけると、彼女はハッとしたように肩を揺らした。

「あ、うん……。……ねぇ、あの狼、生きてる感じじゃなかったよ。あんなの、ただの怪我じゃないよね……」

「町に帰ったら説明してやる。ほら、行くぞ」

 不安げな声を出すインを促し、俺たちは急ぎ足で町への道を引き返した。






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