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第3話:二人の旅路と埃っぽい髪

第3話:二人の旅路と埃っぽい髪


村を離れ、街道を歩き始めてから一時間ほど。

「……というわけで、いくつかの街を経由して、最終的には首都メイマルクを目指す。いいか?」

 隣を歩くインに、これからの大まかな旅路を説明してやる。

「ねぇ、アザナって強いの? 武器とか持ってなさそうだけど」

 ふとした疑問といった様子で、インが俺の手元を覗き込んできた。

「ん? 別にそこまで大した実力はないよ。だから盗賊に襲われたら一発でアウトだな」

「え~!? それは困るな~」

 半笑いで困り顔を見せるイン。  まあ、実際は魔道具があるから自分一人ならどうとでもなるが、今はインがいる。逃げられるのは一人までだ。

 俺は立ち止まり、自身が身に着けていた指輪を一つ外して彼女に手渡した。

「イン、これを着けとけ。護身用だ」


「ゆびわ? アザナがつけてたやつだよね」


「ああ、その指輪に意識を集中させていると、自身の姿が相手から視認されなくなる。やばいと思った時や、俺が逃げろと言ったらこれを使って隠れろ」


「おっけ! なるべく使わないような状況にしたいね!」


「その通りだな。試しに今使ってみろ。お前に集中力がなくて使えない可能性もあるからな」


「なんでちょっと馬鹿にしてきたの!」

小ばかにされたことに気付いたインが少し怒って見せる。


 指輪を渡され発動試みるインだが、なかなか変化が起きない。

「あれ? おかしいな……えいっ、消えろー!」

「気合で消えるもんじゃない。もっと意識を一点に絞れ」

 数分経っても姿が消えないことに、インは「うぅ……」と眉間にシワを寄せて悔しそうに唸っている。

「指輪に視線を合わせることで、より集中して起動できるぞ」

 俺のアドバイスを聞き、インは「わかってるよ!」と強がりながらも、藁にもすがる思いで指輪をじっと見つめた。  すると、指輪の内側がゆっくりと回転を始め、彼女の姿がスッと景色に溶けて消えた。


「やった! これって今見えてない状態?」


「ああ。ただ起動中は体内の魔力を消費し続けるからかなり疲れるぞ」


「もう一度を指輪に意識をもっていけば解除される」


 姿を現したインに「疲労感はあるか?」と尋ねるが、彼女は平然としていた。  俺なら三分で息が切れるが、彼女は一分使ってもケロリとしている。相当な潜在魔力があるようだ。


「……なるほど。イン、お前は俺よりもずっと高い魔力を有しているみたいだな。これなら、いざという時も安心して逃走できる」

 自分が囮になってインを逃がすことが前提のような俺の物言いに、インはムッとしたように頬を膨らませた。

「いっとくけど、私、そんな簡単にアザナを置いて逃げないからね!」


 別に彼女のことを薄情者だと思っているわけじゃない。むしろ、短期間だが一緒に過ごして、彼女がそう簡単に仲間を見捨てる性格ではないことも分かっているつもりだ。

「わかってる。だが、もしもの時は俺の指示に従って逃げろ。いいな?」

「……むぅ」

 しぶしぶといった様子で頷くインだったが、その表情は明らかに納得していなかった。  

そんな彼女の横顔を見て、俺は「困ったもんだ」と心の中で小さくため息を吐き、再び街道を歩き出した。


 何はともあれ、これで最低限の安全策は確保できた。

指輪が正常に機能したこと、そして彼女に十分な適性があったことに、俺は内心で深く安堵した。

「よし、無事に指輪が使えることも分かったし、先を急ごう。夜になる前には次の町に入っておきたいからな」


俺たちは再び歩き出した。  傾き始めた日差しに背中を押されながら、一行は町を目指して街道を進む。


日が落ちる前に町の入り口までたどり着くことができた。


「やっと休める~!」

 深く溜息をつきながら、インが本音を吐露する。

「野営を覚悟していたんだが、インに体力があって助かったよ」  

 あの遺跡でずっと眠っていたのなら筋力が落ちていそうなものだが、案外そうでもないらしい。


 町の入り口は物々しかった。衛兵の数が普段より多く、検閲も厳しくなっている。

「衛兵の数が多いな。何かあったのか?」俺の持ち物検査をしていた年老いた衛兵に尋ねてみる。


「最近、邪人じゃじんの出没があってな。見ての通り警戒態勢ってわけだ」

 邪人。人の姿をした、人ではないモノか……。不穏な空気を感じつつも検閲を終え、俺たちは町の中へと足を踏み入れた


 宿を確保した後、俺たちはまず冒険者ギルドに向かった。  

ギルドは依頼の達成報酬で成り立つ場所だ。主な仕事は魔物討伐や素材採取だが、討伐は治安維持の名目で衛兵が動くし、薬草などの素材採取は大手のチームが既に効率的な採取ルートを確立して安定確保に動いている。  俺のような個人や流れの者に回ってくるのは、大抵が突発的な、あるいは面倒な依頼ばかりだ。


 疎ら(まばら)に貼られた依頼書を眺めながら、インにギルドの仕組みを説明してやる。

インは、そのうちの一枚をじっと見つめながら聞いてきた。

「何か良さそうなのある?」

 そう口にする彼女も、慣れない手つきで依頼書を指でなぞりながら、自分なりに内容を確認しているようだった。だが、報酬の相場や依頼の難易度が判別できないのか、次第にその眉間には険しいシワが寄っていく。


「正直、微妙だな。基本、冒険者ってのは三人以上のパーティーを組んで依頼を受けるものなんだ。だから一人や二人でこなせそうな依頼はそうそうないんだよ」


「へぇー。アザナはパーティー組まないの?」

 インが下から覗き込むようにして尋ねてきた。

「時と場合によるな。ただ、決まった相手と固定のパーティーを組んだことは一度もない」

「……ふーん。ぼっちなんだね」

インが口元を手で押さえてクスクスと笑う。

「うっせーよ。一人の方が小回りが利くんだ」

俺はニヤニヤとこちらを伺うインのおでこに、軽く「ぴん」と指を弾いた。

「あいたっ! もー、アザナ、何するのー!」

インはおでこを押さえながら、恨めしそうに、でもどこか楽しそうに俺を睨んでくる。

そんな彼女を横目に俺はそのまま出口へと歩き出した

「ちょ、アザナ置いてかないでよっ!」

後ろから慌てて追いかけてくる足音を聞きながら、俺たちは一旦ギルドを後にした。


そのまま近くの酒場へ入り、空腹を満たす。インは初めて見る町のご馳走を夢中で頬張り、俺はその様子を眺めながら、これからの旅の資金繰りを静かに考えた。


食後、確保しておいた宿の部屋へと戻る。  部屋の椅子に腰を下ろし、ようやく一息ついたところで、インが自身の長い髪を指先で弄りながら口を開いた。


「ねぇ、アザナ。髪とか体とか洗いたいんだけど、お風呂ってないのかな?」

「おいおい、大都市じゃなきゃそんな施設はないぞ。メイマルクまで我慢だな」

「えぇーっ! ここから何日かかると思ってるの! それまで洗えないなんて絶対無理!」

 インは悲鳴に近い声を上げ、心底嫌そうに眉を寄せた。自分の長い髪をひと束掬い上げ、毛先をクンクンと嗅ぎながら、「……少し埃っぽい気がする」と悲しそうに肩を落として抗議してくる。

 この辺りの宿では、お湯で濡らしたタオルを使って体や髪を拭くのが一般的だ。貴族ともなれば石鹸や香水を使うらしいが、俺たちのような旅人には縁のない話である。

「……そんなに嫌なら、明日、川で水浴びでもしに行くか?」

「いいね! 行きたい!」

 さっきまでの絶望したような不満顔はどこへ行ったのか。  現金なもので、インはこちらを見てニッと満面の笑顔を見せた。

「……単純なやつ。風邪ひいても知らないからな」

「大丈夫だよ! あー楽しみ、明日晴れるといいなー!」


遠足前の子どものように浮かれる彼女に、俺は適当な相槌を打ちながら寝支度を始めた。



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