第3話:『消えた教材と放課後の観察眼』
放課後の教室は、薄暗く静まり返っていた。
紗凪は机の上に広げたノートにペンを走らせながら、小さな事件の整理をしていた。文化祭の誤認事件以来、彼女の観察眼はさらに研ぎ澄まされている。
「紗凪さん、今日はちょっと面倒な案件です」
凪が部室に入るなり、深刻な表情で告げる。
「何があったんですか?」
「理科室の教材が、いくつか消えたらしい。理科の先生も頭を抱えていて……放課後鑑定室に協力してほしいとのこと」
紗凪は眉をひそめ、資料を確認する。消えたのは古い顕微鏡や試薬、模型など――どれも授業には不可欠なものだ。だが、盗難の痕跡はほとんどない。
「証拠は少ない……でも、人の動きには必ず痕跡があるはず」
紗凪は淡々と呟き、凪と共に理科室へ向かった。
教室に入ると、物が整然と並ぶ机の間に、微かに違和感があった。
「ここ……机の並び方が微妙にズレてます」
紗凪が指摘すると、凪も頷く。「被害者の証言と照合すると、最後に理科室にいたのは、委員会の生徒たちね」
二人は理科室の周囲や廊下の足跡、忘れ物の位置を確認し、被害者や目撃者の証言を丁寧に聞き取る。
「結局、教材は誰かが盗んだわけじゃない」
凪が静かに言った。
「掃除の時間に、教材を移動してそのまま忘れていたみたいです」
紗凪も納得した。人のうっかりや小さな不注意も、証拠を追えば真実として浮かび上がる。
「でも……放課後鑑定室に来ると、こういう小さな事件でもワクワクしますね」
紗凪は微かに笑う。
凪も微笑を返す。「小さな事件でも、人の心理や行動を理解するヒントになるからね」
部室に戻ると、二人はノートを広げ、事件の経緯を書き残す。
「事件が解けるたび、少しずつ人のことがわかっていく気がします」
紗凪は机に肘をつき、天井を見上げた。
凪はその横顔を見て、小さく心の中で呟いた――
“秋山さん、観察眼だけでなく、少しずつ感情も見せてくれるようになったかもしれない”
夕陽が窓を赤く染め、部室は静かに午後の光に包まれた。小さな事件を通して、二人の信頼関係は確実に積み上がっていく――そして、その積み重ねが、これから起こるもっと大きな問題を解く鍵になることを、二人はまだ知らなかった。