第2話:『文化祭の誤認事件と放課後の観察眼』
「明日、文化祭ですよね……」
紗凪は部室の机に置かれた資料を見つめながら、小さくつぶやいた。初めての大きな学園行事に、わずかに緊張が混じる。
「今年のフォレンジアの役目は、校内のトラブル予防よ」
三好凪は淡々と説明するが、その瞳は真剣そのものだった。
「予想されるのは、迷子、物の紛失、そして人間関係の小さな誤解。すべて科学と観察で解決します」
紗凪は顎に手を当てる。科学で人間関係まで解けるのか――。だが、部活初日で知った通り、凪は証言をつなぎ、紛争の構図を浮かび上がらせるのが得意だ。自分の観察力と凪の聞き取り力を組み合わせれば、確かに何かが変わるのかもしれない。
翌日、文化祭。校内は生徒たちの熱気で満ち、各クラスの出し物が賑やかに並ぶ。紗凪は視線を巡らせ、まずは人の動きと表情を記録した。
そのとき、突然、叫び声が響いた。
「私の財布がない!」
叫んだのは三年生の女子生徒。周囲がざわつく中、紗凪は冷静に観察する。財布を落としたのではなく、誰かが持っていったのか――証拠を確認する必要がある。
「誰が最後に見たの?」
凪がすかさず声をかける。被害者の証言を整理し、紗凪は足跡や机の位置、置かれていた小物の状態をチェックする。
数分後――紗凪は財布が実は教室の端に置き忘れられていたことを突き止めた。どうやら友人と話すために移動させ、置き忘れたらしい。
「単純な誤認ね」
凪はほっとした顔を見せる。紗凪も、小さく笑みを返す。
「証拠を見れば、人の思い違いも解ける……」
部室に戻ると、二人は文化祭の小さな“事件簿”を整理する。紗凪はノートに細かく観察結果を書き込みながら思った。
“人の言葉と行動、その間にあるものを読み取ることが、こんなにも面白いなんて”
「秋山さん、次は“迷子事件”のシミュレーションね」
凪は微笑みながら言った。紗凪の心は、少しずつ、この部活の空気に馴染みつつあった。
文化祭の小さな誤認事件を経て、紗凪は気付く――人を観察するだけで、思いがけない真実にたどり着けるのだ、と。そして、凪と一緒なら、自分一人では見えなかった世界が、見えてくる――そんな予感に胸が少し、温かくなるのを感じた。