046話 雨水影丸の恋心
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突然ですが、拙者は忍者見習いでござる。
忍者って何なのかと聞かれたら返答に困るくらいに、物心付いた時から忍者は身近だったござ。
人里離れた山奥に100人にも満たない人数でひっそりと暮らしているのが拙者の生まれ故郷。
周りはみんな忍者。手裏剣だって当たり前に飛び交う。
んー、それだとピンと来ないでござるかな?
普通の人なら縁もゆかりもないかも知れないでござるが、結構有名な政治家や芸能人が護衛の依頼を頼みに来ることもあったので、やはり相当名のある忍者村だったと思うでござる。
そんな里で生まれて来たもので、将来何になるのか言われたらきっと忍者なのだと思う。
今時、得体の知れない職業で食っていけるのかという疑問もあるが、その辺は立派に建てられた実家を見ていれば何となく大丈夫な気がするでござ。
というよりも、それで納得するしかないでござる。
今更、何者かになるなんて決まったレールから外れる真似を試みる勇気はない。
目の前にある道を黙って歩く方が存外楽でござる。
「うぇー、嘘付きがいるぞー!」
最初に拙者がいじめられたのは小学生の頃だった。
自分の家族が忍者だと言ったら、信じてもらえずに嘘付き呼ばわり。
ましてや、当時は忍術の1つも使えない頃でござる。
「おい、忍者とかありえないだろー!嘘付き!」
「違う!本当でござる!」
「うわっ、ござるとか言ってるし。だっさー」
「本当……だから」
次第に人と関わるのが怖くなった。
誰かと話せば傷付けられる。
そんなのはまだ小学生である拙者にも分かったでござる。
だから、気配を消した。
気付かれる必要なんてどこにもないのだから。
今になって思えば、これが始めて使った何かの忍術なのではないかと思う。
そんな拙者が秀愛高校を志願したのは理由がある。
それはそろそろ進路を決めないという夏の晩の事。
「影丸ちゃんは進路とか決まったの?お母さんとしては、無理にウチの家系継ぐ事もないし、好きな事をして良いのよ?」
母上は優しさで言った。
だけど、拙者からすれば自由にという方が酷だ。
親の方から忍者になれと言ってくれたら、言い訳出来るというのに。
なんてのは、拙者の卑怯な考えでござるな。
考えるのを諦めた拙者の。
「でもな、影丸!意外と忍者って儲かるんだぞー!サラリーマンの50倍、いや100倍だな。その分、ミスは許されないけど」
「もぉーアナタ!影丸ちゃんを脅さないの。プレッシャーが掛かっちゃうじゃない」
「良いんでござるよ、母上。これが拙者の"運命"でござるから」
便利な言葉だ。
運命といえば、聞こえが良い。
聞こえが良ければ、格好がつく。
そうやって自分に言い聞かせられる。
「だってさ、母ちゃん!良い子に育ったなー!影丸は」
良い子に……か。
父上には拙者が良い子に見えるらしい。
確かに文句は言ったことがないし、基本的に両親の言葉には従う。
これが良い子というならそうなのだろう。
でも、拙者は違うと思うでござる。
良い悪いの土俵にすら立っていない。
何もない。空っぽ。
それが正しい評価。
「本当に良い子よねー。これで彼女の1人でもいれば安心出来るんだけどね」
「はははっ!そんなの高校生になったらすぐにでも出来るさ」
「そうだと良いわ。孫の顔とか見てみたいものー」
「気が早いよ、母ちゃん!」
話題は一変、彼女の話に。
何も今始めて出た話題ではない。
言われる度に自分とは縁のない話だと思いながら聞いている。
学校では息を殺して生きているような人間が彼女?
鼻で笑ってしまいそうでござる。
……彼女、本当は欲しいでござるなー。
この会話の後、最近里にも導入されたインターネットで使ってモテる方法と検索してみた。
色々出ては来るがどれも胡散臭いでござる。
てか、そもそも拙者じゃ行動に起こせないことばかりが書いてあって、何の参考にもならないし。
ネットに書いてあることだから、信憑性がマチマチなのは今に始まったことじゃないか。
「ん?これって……」
拙者と秀愛高校との出会い。
今思えば笑っちゃうくらい偶然な出会いだけど、これもまた"運命"という奴なのでござろう。
───
ポイントを稼いで、自陣の牢獄へ生徒を連れて行こうとしていた帰り道。
風が強く吹き付ける。
オカルトめいた事象は、あまり信じない立ちの拙者でも、それが嫌な予感であるというのが瞬時に理解出来た。
真っ先に思い浮かぶ顔があった。
彼女の身に何もない事を祈りたい。
「助けてッ!」
神様はバカ野郎でござる!
願った側からこれか!
拙者はポイントになる生徒を置き去りに声のする方に走り出した。
始めて声を掛けてくれた彼女の。
いつだって拙者を見つけてくれる彼女の。
勇敢で、明るくて、芯のある、気付けば好きになっていた彼女の下へ。
『良いか?影丸。忍術ってのは、ただやり方を学べば使えるってもんじゃねーんだぞ?』
『「大事なのは、心の中で何を思うかだ」』
「雨水流新術・陽光影分身ッ!」
父上、母上。
秀愛高校を選んで正解だったでござる。
始めて自分で選んだ道のりは、思った以上に拙者を強くしてくれるから。
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