004話 あの子は俺を想っている
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その後も自己紹介は続いていく。
俺を除けば、29人。
名前だけで言えば、三馬鹿は既に出ているので26人の名前を覚えれば良いのだが。
4、5人であれば名前も内容も印象に残るが、この人数では最初の方が記憶に残らない。
何となくそんな奴もいたなというレベルだ。
1番最初に自己紹介をした俺なんて名前すら覚えてもらえているかも怪しい。
何かインパクトのある自己紹介でもすれば、話は別なんだろうけど。
そんな事を考えている内にまた自己紹介が始まる。
次の生徒をパッと見た印象は、かなり清楚なお嬢様って感じだ。
黒くて腰まで伸びた姫カットの髪と白色のカチューシャ、一切着崩していない制服からは上品さを感じる。
こんなモテそうな女子生徒にも関わらず、5等級クラスにいるって相当な変人なのか?
「ごきげんよう、私は一宮彩と申します。中学校までは自宅で家庭教師の方に勉強を教えていただいていましたので、学舎でご学友と授業を受けるのは始めてです。ですので、皆様仲良くしていただけると幸いです」
堅苦しい挨拶に聞こえるけど、とんでもない情報混じってたぞ。
学校に通ったことがない?
箱入り娘にも程があるだろ。
ぎゅうぎゅうに詰め込みすぎて箱がパンパンになっているまである。
「それと………」
まだ何かあるのか。
前半だけでクラスメイトはお腹いっぱいだって顔してるけど。
濃過ぎる属性に胃もたれまでしてるけど。
「そちらにいらっしゃる天野天命様は私の想い人です。もしも、彼を好きになる方がいましたらライバルということになりますので、以後お見知りおきを」
スカートを摘んで華麗に頭を下げる。
所作も完璧お嬢様みたいだ。
へぇー、天野天命ね。
こんなお嬢様に好かれるなんてどれだけ運の良い……奴。
え?俺じゃね?
いやいや、まさかそんなはずはないよな!
だって、あんなに綺麗なお嬢様知らないぞ。
住む世界が違いすぎるし、日常生活で出会えるとも思えない。
一宮の方をチラッと確認すると目が合った。
頬を赤らめ微笑みながら、小さく手を振る彼女を見て動揺する。
やはり、失礼ながらいつどこであったのか、記憶にはない。
「それもまたこの学校の意義だな。大勢の人間にモテる為の技術を学ぶだけではない。意中の相手に振り向いてもらう為に学ぶ。素晴らしい考えだ」
「ありがとうございます、丹波先生。今後もご指導ご鞭撻をよろしくお願いします」
「あぁ、任せてくれ。それが私の仕事だからな。それじゃあ、一宮に拍手を」
まばらな拍手が教室に鳴り響く。
待て待て、勝手に終わらせないでくれ。
自己紹介が終わったというのに、彼女が何者なのか全く分からない。
それに俺が好き?
余りにも都合の良い話過ぎて、詐欺を疑いたくなるんですけど。
───
「どういう事ッスか天命!?あんな公開告白を受けるなんて!は、は、ハレンチッス!」
自己紹介を終えて、次の授業が始まるまでにある小休憩の時間。
真っ先に俺の席へ突っ込んでくる狛町。
ハレンチだと言われても俺は関与していないからな。
「犬子姫の言う通りだ。あー、雨雲」
「誰が人の気持ちを落とす雨雲みたいな奴だ。天野だ、天野天命。ったく、人の名前くらい覚えろよ鳳凰院」
「すまないな。姫の名前を覚えるのは得意だけど、どうしても有象無象を覚えるのは苦手で。それよりも説明してもらおうか?」
「スマソスマソ。ワイも気になるな。天野氏はどこからどう見ても非モテ。つまりは、ワイ達側の人間。それなのにどうしてあんな可愛い子が!」
人を勝手にモテない認定しやがった。
失礼にも程があるだろ。
俺だって本気を出せば彼女くらい……いたことはないけどさ。
……仲間だった、二階堂の。
「離れろ、三馬鹿。俺まで一緒にいたら四馬鹿にされるだろうが。てか、そもそも俺は……知らないんだよ一宮の事は」
本人に聞こえたら気まずいので、3人にだけ聞こえる小さな声で事実を述べる。
「うわぁー、流石にそれはドン引きッス。ないわー、ライトノベルの鈍感系主人公でも、少ししたら思い出すッスよ」
「いや、引くなよ!俺だって申し訳ないんだけどさ。多分、誰かと間違えてんだよ、俺の事を」
「そんな事ありませんよ、天命様」
話題の渦中にいる一宮が、会話へと参戦して来た。
俺から説明出来ることも少ないので、本人の口から説明して欲しいところだ。
「お久しぶりでございますね、天命様。私の事、覚えていますでしょうか?」
「……いやー、本当に申し訳ないんだけど、どちら様でしたっけ?」
「ふふっ、良いのですよ。例え、貴方が覚えていなくても私がしっかり覚えています。毎夜、欠かさず貴方のことを夢で見て、起きている時も貴方に恋焦がれて来たのですから。ふふっ、天命様。変わらず凛々しい殿方ですね」
「ちょっとどういうことッスか!あんなに可愛い子がこんな男を好きなんて!」
「やめろやめろ!揺らしすぎだ!脳みそもシェイクされすぎてアホに……」
ガシッ
一宮が俺の腕を掴む。
嫉妬でもしてるのかな?
じゃあ、本気で俺のことを……イデデデェ!
「折れる!俺の腕、折れるから一宮!離してくれ!」
「あっ!失礼しました。私としてことがついうっかり。やはり、天命様の事になると我を忘れてしまうみたいです///」
そんな照れながら言っても怖いから!
掴れた部分だけ鬱血して青あざになってるから!
どんな握力してれば、こんな悲惨なことになるんだよ!
「ワイ、次の授業の準備をしなくては。いやー、っね、天野氏もね、今後は色々と大変な事もあるかと思うけど、お幸せに。では、サラダバー」
お前、どこの聖拳の使い手だよ。
てか、どさくさに紛れて逃げようとすんな。
二階堂もこの騒ぎを始めた1人なんだから、責任を取れよ。
一宮がいる手前、口にこそ出して言えないが視線で合図を送ると下手な口笛を吹いて逃げやがった。
許すまじ。
「おっと、そうだったね。次は場所を移動しなければならないんだった。まぁ、世の中には色んな姫がいるものだ。君も頑張るんだね」
鳳凰院まで逃げるつもりか。
残された俺の身にもなれよ。
既に腕1本捧げてるんだぞ。
次はどこを犠牲にするか分かったもんじゃない!
助けてくれ!誰でも良いから!
「いや、おかしいッスよ!天命は覚えてないって言ってるッス!これはハニートラップって奴ッスよ!騙されたらお金をあるだけ絞り取られるッス!」
「……ふむふむ、なるほど。そう言う事でしたか。貴方、天命様のことが好きなのですね」
「なっ!あり得ないッス!こんな怖い顔だけが印象に残る金髪ヤンキー好きじゃないッス!会ったのだって……今日が始めてッスから」
おーい、狛町さーん。
隣に本人がいるから傷付けないように配慮とかないんですか?
俺が並の心を持ち合わせていたとしても、普通に傷付くくらいに鋭利な言葉の刃物なんですけど。
「なら、私が何をしても貴方には関係ないですよね?」
バックハグからの胸板を人差し指でなぞる。
喜ばしいシチュエーションのはずなのだが、どうしても獲物を捕食しようとする蛇にしか見えない。
助けてくれー!
ちょっとでも力加減が狂えばポキッと持っていかれそうだ!
「は、は、ハレンチッス!」
トドメを刺したのは一宮ではなく、狛町のお手本のような右ストレートだった。
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