精霊に対抗するために
リコは寒気を覚えて目を覚ます。
野狐族は元々寒冷地に住む種族のため、寒さには強い。
それでも温暖な気候である学園や集落に生まれた時から住んでいたということもあり、寒さに対して敏感になっていた。
かけ布団代わりにかけられていたレンの制服を抱きしめ、残り香を吸い込んでいく。
――私は……何をしているのでしょう。
自身の行動に疑問を持ちながら立ち上がる。
【守護】の結界は解除されておらず、安心していると仰向けに倒れているレンの姿が目に入る。
血の気が一気に引き、急いで容体を確認する。
規則正しく上下する胸。
満足そうな寝顔。
時々詰まったような音のする呼吸。
――よかった……。ただ、眠っているだけでしたか……。これは……?
リコはレンの側に置いてある緋色の輝きをする杖と金物を手に取る。
杖から溢れる魔力がリコへと流れ込む。
「な……!?こ、この魔力は……!?」
リコが驚くのは無理もない。
今までレンが作っていたものよりも非常に出来が良く、リコの指輪に引けを取らないものだった。
手に取った瞬間の違和感にリコが戸惑っているとレンが目を覚まし、むくりと起き上がる。
「……?おはよ……リコさん」
「お、おはようございます……。あの……!」
「?」
「この魔道具……一体……!?」
リコが戸惑っている理由を察し、嬉しそうな顔をする。
「これね、小さい方には【土】の紋章を入れてるんだ。そして、杖の方は【オレの魔法】の紋章を入れたんだ」
「レン君の……魔法!?」
「うん。でも、あまり期待はしないで?本来の威力は発揮しないかもしれないし、壊れる可能性もあると思う。けどオレが少し離れているときでも上級魔法や複合魔法が使えるようにって思って――」
リコはレンの事を思わず抱きしめる。
それは今までの彼女の行動ではありえないことであり、正直リコ自身戸惑っていた。
それでもあふれる感情に自然と体が動いた結果である。
「ありがとうございます……!これなら……もっと強くなれそうな気がします!」
「……えへへ」
興奮して地面をパタパタに尻尾をたたきつける様子を見て、本心であることが読み取れる。
レンも嬉しくなり、耳を外へと傾けた。
リコの喜ぶ姿。
それが最大の報酬だということにレンは気が付き、立ち上がる。
――きっと、オレが生まれた理由は、リコさんを幸せにすることなんだ……!これからも、頑張らなくちゃ……!
自然と力の入る拳に確かな成長と目的を感じ取るのだった。
「行こっか?」
「はい!」
二人にはそれ以上の言葉は不要だった。
§
ここは学園。
サクラは空室となった部室で部活をしていた。
「一人なんて退屈しちゃうわ」
「なら、課題でも出しておこうか?」
「め、めえ先生!?」
サクラは思わず椅子から転げ落ちそうになったが、尻尾のバランス力をうまく使い、体勢を立て直す。
気分が乗らないサクラの事を見通していたメリルは不敵な笑みを浮かべる。
その表情を見た瞬間、サクラに嫌な予感がよぎる。
「それって……魔獣退治ですか?」
「察しがいいじゃないか?今回は私とサムが一緒だ。ついてくるか?」
「先生と一緒にですか!?」
サクラは目を輝かせ、椅子から飛びあがり、メリルに迫る。
迫られたメリルは露骨に嫌な表情を浮かべて、さくらの額を押して離れさせる。
「もちろん魔獣退治に参加してもらえたら、報酬は渡そう。お前もあと半年もすれば大人の仲間入りだしな」
メリルの言葉にあまり実感が湧かないものの、それを素直に受け止める。
「魔道具……どうしよ……」
嬉しさのあまり飛びついたものの、サクラは自身がそれほど攻撃力のある魔法や戦闘術を持っているわけではない。
もちろんレンの作った魔道具を持っているが、中に入っているのは【水分身】。
直接攻撃できるようなものでもない。
「先生、アタシ……」
「もちろんサポーターでも構わないぞ?サムがいるからな」
「やった……!」
嬉しさのあまり、クネクネとお尻を揺らしながら準備を始める。
そんなサクラを困ったような眼差しで見つめていると部室の扉が勢いよく開かれる。
開けたのはハウル。
サクラのテンションが目に見えて分かるほどに下がっていき、眉間に皺が寄る。
「保健室の先生はここにいるんだな?」
「私だが?」
「担任のサムにあんたについていくようにって言われたんだ。早く行くぞ!」
「アンタねぇ!」
サクラの我慢が限界を超えた。
ツカツカとハウルに詰め寄り、睨みつける。
そんなサクラの態度を見たハウルは顎を上げてサクラを見下す。
「なんだよ、捨てられたメス」
「……言っていいことと悪い事の分別も付かないくらい頭が悪いのかしら?」
「言ってろ。俺は今、お前なんかと話してる暇はないんだ。とっとと失せ――」
「すまないな。サクラも魔獣退治に参加しているんだ。仲良くしろとは言わないが、ヒトを刺激するのは止してほしい」
メリルの言葉は非常に柔らかいものだったが、怒気と殺意が込められており、ハウルは気圧され苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて退出する。
「イーーッだ!」
メリルは悩みの種が増えてしまい、頭を抱えてため息を吐くのだった。




