父を超えて
風が入り込まない窪地に身を隠した二人。
そよ風よりも強い風に当てられることは問題ないが、長時間であれば獣人であっても体力を大きく消費する。
リコは窪地に【守護】の結界を展開するとその場に腰を下ろす。
「リコさん!?」
走って駆け寄ると、リコは少し微笑んで強がって見せるが、だらりと腕を落とす。
「ごめんなさい……。少し、疲れたのかもしれません……」
「うん。リコはしっかり休んで?まだ、その体にも慣れていないだろうし、今日はオレが見張りするから安心して休んで?」
「ありがとうございます……」
レンの腕に抱えられたまま眠りにつき、静かな寝息を立てる。
そんな姿を見て微笑むと、抱え上げて寝床へとお姫様抱っこで運んでいく。
テントやキャンプセットを展開できるほどのスペースは無い為、レンは上着を脱いで掛け布団代わりにそっと掛ける。
「おやすみ……。リコ……」
そう呟くと作業を開始するために立ち上がる。
赤い鉱石、ミスリル、魔石。
今使える材料はこれだけ。
魔力と親和性の高い木材は【篝火】として使用するため、魔道具製作には使えない。
――全金属の魔道具……か。オクトさんの普段作っている物と同じなんだよね……。失敗するかもしれないけれど、やってみよう……!
素材を並べ、魔力で岩を削って【結合】の紋章を描いていく。
【土】や【岩石】の魔法は他の元素魔法に比べると安定度が高い。
安定した元素ではあるが、逆に複合魔法とは非常に相性が悪い。
リコのために【土】を含んだ複合魔法を提供しようとするが、レンの知識ではさっぱり思いつかなかった。
しかし、レンは別のアプローチを考えることにした。
リコのために作った魔道具は【火】と【掘削】。
一人でも複合魔法を組み立てられるようにすれば良いと考える。
そのために必要なのは、レンの魔法である。
レンの魔法は『威力を段階的に上げた紋章を同時に展開する』力を持ち、さらに『紋章を重ね合わせることで新たな魔法を生み出す』力を持っている。
これは『リコのために』という制約と誓約によって制限を受けるとともに、爆発的な力を発揮させられる。
――父さん……。オレ、もっと強い魔道具作ってみるよ!見ててね……。
山肌を撫でる風はリコの寝息をかき消す。
【篝火】によって照らされた横顔は決意に満ちていた。
空中に【圧縮】と【加熱】の紋章を描き、レンの魔法によって【鍛融】の紋章へと昇華させる。
赤い鉱石とミスリルに【鍛融】の紋章を近づけ、詠唱を始める。
「『熱と圧力の律動よ、如何なるのもの硬さを取り除き、鍛え上げ、真なる力を発揮せよ!』」
二つの鉱石は高温の液体金属へと加熱され、混ぜ合わせる。
――何か足りない……!?
レンは混ぜ切れない二つの物質を結びつけるものを探す。
しかし、この場にあるのは魔石と余りの鉱石、非常食と水、そして篝火だけである。
――それだ!
レンは液体金属の塊に篝火の炭や灰を混ぜ込み、圧縮をかけて練り上げ、相反する二つの金属が一つとなる。
それをニ分割し、片方はいつもの指揮棒型。
そしてもう一つは更に二分割し、それぞれ三角形の様な物へと形を整えていく。
光が収まり、その姿が目に入らなかった。
「あはは……。【篝火】消えたから見えるわけないや」
レンは再び木材に火を灯し、それを確認する。
指揮棒が一本とアタッチメントの様な金物だった。
指揮棒に金物を取り付け、力任せに振り回す。
それは差し込みレールにしっかりと食い込み、外れない。
少し強めの鼻息を吹いて納得の表情を浮かべる。
――器は完成した……!あとはこの部品に【土】を入れて、指揮棒に【あの魔法】を入れる……!
金物の一つを【結合】の紋章の上に乗せ、空中に【土】の紋章を描く。
「『神々の恩寵を受けし素材に魔の力を宿せ!』」
発動した瞬間、【土】の紋章が金物に染み込んでいき、紋様を浮かび上がらせる。
――まずは一つ……!これからが本番だ……!
指揮棒の側に魔石を置き、【結合】の紋章を空中に描く。
消費された魔力は多く、レンは一度呼吸を整える。
眉間に皺を寄せながらゴーグルを掛け、【結合】の紋章を八つに増やす。
「『数多の魔法の根源よ。全てを重ね合わせ、新たな力へと昇華せよ!』」
【結合】の紋章を重ね合わせ、上級魔法へと昇華させる。
それを指揮棒と魔石の真下に配置し、両手を翳す。
残された魔力はレンの魔法一回分。
失敗は許されない状況だが、レンは不思議と緊張しなかった。
――これが完成すれば、リコさんはもっと強い魔法を扱えるようになる……!オレはリコのためにできることを全力でするんだ!
翳した手の先には大きく、強い脈動を放つ紋章が現れる。
――【オレの魔法】……。リコに預けるよ……!
それはレンの意思に応えるように強く脈動する。
「『神々の恩寵を与えられし万物よ。我の想いと魔の力を全てを結びつけ給え。それは、我が想いビトのための力となれ!』」
強い光が【夜】を押し返し、山肌を撫でていた風を掻き乱す。
激しく巻き起こる暴風のような魔力の奔流にレンは必死に耐える。
レンの魔力は限界に近い。
それでも腹に力を込め魔力を振り絞り、最後の一滴まで無駄無く杖に自身の魔法を込める。
時間にして一瞬だった。
レンは魔力を使い切り、仰向けに倒れ、寝息を立てる。
彼の側には緋色に輝く魔道具が転がっていたのだった。




