古い集落
二人は寄り添って眠っていた。
レンは目を覚ますと、横穴に差し込んだ明るさに思わず顔をしかめる。
普段は明け方前の薄暗い時間に目を覚ますため、それよりも遅い時間だと認識する。
ほとんど気絶するような作業量をこなしていた事で仕方が無いと割り切り、背伸びをして横穴から顔を出す。
両目が刺される様な痛みを覚え、手のひらで光を遮る。
【太陽】の光は寒冷地であるこの場所であっても、レンの体温を上げていく。
見渡す限り魔獣の気配はなく、深呼吸して新鮮な空気を肺の中へ取り入れると、時刻が気になってしまう。
「何時だろ……」
レンはポケットの中から水晶のような透明感を持つ鉱石を取り出し、地面に置く。
光を吸いこんだ鉱石は透明から濃い藍色へと変わっていく。
まるで深い海の底を覗いているような色である。
鉱石の色を見たレンは表情が陽気に当てられて和んでいたはずだったが、みるみるの内に焦りの表情に変わり尻尾の動きが止まる。
「リコさん!起きて!」
レンはそう叫びながら横穴に入ると、ゆっくりと体を起こし、寝ぼけ眼を擦る。
「どうされましたか……?」
「オレたち夜更かししてて、もう昼だよ!」
「!?」
リコは昼を過ぎていることに驚き、飛び上がって支度を始める。
レンも作った魔道具を回収し、【収納】の魔道具に入るだけの鉱石を詰め込む。
二人は結局明け方まで魔道具を作っており、【朝】を知らせる光を【夜】を迎える光と勘違いしていたのだ。
「行きましょう」
「待って、リコさん」
レンに呼び止められ、リコは首を傾げる。
リコの顔を覗き込み、レンは首を横に振る。
「今日は戦闘を回避しながらゆっくりと進んで、【夜】になったら休もう」
「ですが……!」
責任を感じているリコは何としても遅れを取り戻したいと食い下がるが、真っ直ぐな瞳に口はこれ以上話すことを拒んだ。
「リコさんの気持ちもわかるけど、オレ一人でずっと戦闘できるとは思えない。それにリコさんも集中力が持たないから、魔法事故が起きてしまうと疲れたオレが君を助ける事ができないかもしれない。それだけは避けないとね」
「わ……わかりました。ごめんなさい……」
「リコさんのせいじゃないよ?これはオレたちが失敗しただけだから、今日は無理せず、明日取り戻そうってこと」
リコは申し訳なさそうに耳を垂らすが、レンによって耳を天に向かって引っ張られる。
「わ……あ、あの……!?」
「しょげないの」
突然耳を引っ張られたことに抗議しようとするが、レンの笑顔にリコは心が軽くなっていく。
「むぅ……わかりました」
「うん。今日は少しだけ、頑張ろう」
二人は横穴を後にし、北へと進んでいくのだった。
§
二人は山道を進んでいくと、廃墟のような場所にたどり着く。
所々に黒く変色した大地や建物が点在しており、魔物が襲撃したのだろうと思われた。
生きた村であれば防御壁として取り囲む様に生えている竹林も、今はへし折られた上に黒く変色している。
レンは故郷を思い出す。
「ここは昔、野狐族が住んでいた場所になります」
「そうなんだ――えっ!?知っている場所なの!?」
「来たことはありません。ですが、北のエリアには昔、集落があったと祖父から聞いたことがあったのです。野狐族が狂い始めたのはここからだとも……」
「日が暮れそうだけど、避ける?」
「いえ、これ以上は移動しない方がよいでしょう。使える建物に入って、【守護】を展開しましょう」
リコはずんずんと元集落の石畳を進み、比較的きれいな石造りの建物に入る。
レンも遅れないように建物に入ると、部屋の中央に大きな窯場のある部屋だけの建物だった。
「これは……お風呂?」
「そのようですね。私は【守護】を展開するので、レン君はお風呂をお願いしていいですか?」
「あ、うん。魔力を【共鳴】させてもらっていいかな?」
二人は手を繋ぎ、魔力をお互い流し込む。
レンの中に【共鳴】された魔力が蓄積される。
すると、リコが頭を押さえ床に座り込む。
「リコさん!?大丈夫……?」
「……はい。少し疲れたのかもしれません……。【守護】の魔法、レン君にお願いしてもいいですか?」
「うん。任せて!」
リコは床に寝転がり、制服のリボンをギュッと握りしめる。
その表情はとても苦しそうなもので、レンは心配になるが、建物に【守護】の魔法を展開することを優先した。
――お前は野狐族だな……?
男の声がしたリコは目を閉じたまま、周囲を警戒する。
――誰ですか……?
――お前の憎しみ……。ふっ……女王:ふくに対する憎しみか……。奇遇だな……。
リコの質問には全く答えようとしない男に対し、リコは苛立ちを見せる。
――あの……。先ほどから何なのですか?
――お前と同じく女王を恨む者だ。さあ、憎しみを大きくするのだ……。お前を虐げる者どもにお前の力をわからせてやるのだ……!
――そんなこと……。する理由がありません!出ていってください!
リコの耳元で話し続ける男に辟易していると暖かい波が押し寄せてくる。
それはレンだとリコは直感すると、男の気配が離れていくのを感じた。
――……チッ。邪魔が入りおったか……。我とお前は似た者同士……。必ずや、女王に復讐しようぞ……。
「は!?」
「目が覚めた?気分は大丈夫?」
レンは心配そうにリコの顔を覗き込む。
先ほどの幻聴が何なのかリコにも分からなかったが、レンを心配させまいと気丈に振る舞う。
「大丈夫です。やはり、無茶し過ぎたかもしれませんね……。心配かけてごめんなさい」
「ううん。リコさんが大丈夫なら、安心した――?リコさん、尻尾が……」
リコは自身の尻尾を眺めるといつもの事の様な表情を浮かべる。
レンはリコの尾が三本になっている事に驚いているとリコは深々と頭を下げる。
「隠しててごめんなさい」
「ど、どうして謝るのさ?」
「野狐族は魔力が多いほど尾が増えます。三尾まで尾が増えるのですがそこまで増えたのはの私の祖父と創始者だけだと聞きます。集落にも三尾はおろか二尾すらいません。学園に入学するとき、怪しまれないように尻尾を束ねて隠していたのです。本当にごめんなさい」
レンは慌ててリコの体を起こし、両肩を支えて顔を見る。
その表情はおびえており、レンには何故おびえているのかわからなかった。
「リコさん?オレ、きみの尾が三本あったからって別に嫌いにはならないよ?むしろ、気づいてあげられなくてごめん。リコさんは学園はじまって以来の最高の魔力量を持っている時点で気づかなきゃいけなかったんだ……」
「尾が多いということは、裏切り者――創始者と同様の力を持ち、国に反逆するだろうといわれています。祖父も裏切りの代表として粛清されましたから……」
レンはリコの言葉を聴き、あることに気が付く。
「もしかして……リコさんは一族からも忌み嫌われていた……ってこと?」
リコは両目をギュッと閉じて、肩をすくませる。
過去に何があったか、レンは知らない。
しかし、リコの反応を見る限り、相当ひどい目にあったと察する。
レンの胸がひもで縛られ、閉塞感と深く響くような痛みのような感覚を感じ、リコの頭を抱えるようにそっと易しく抱きしめる。
「大丈夫……。リコが三本の尾でも、創始者やおじい様と同じ裏切り者だといわれても、オレはずっとリコの味方だよ?今までリコは裏切ってもないし、純粋で何事にも真面目で、オレの事信頼してくれてるから、ね?」
「……ありがとう……ございます……っ!」
リコはレンの胸に今までの苦しみを吐き出すかのように大粒の涙を流して泣き明かしたのだった。




