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あの時と同じ

 レンとリコは背中を合わせ、向かってくる魔獣に抵抗する。

 狼型の魔獣は魔力の流れを読む感覚が鋭いようで、リコの最速で放たれる魔法ですら紙一重でかわす。

 互いに攻撃を当てられない状況が続く。

 実力が拮抗しているようにも見えるが、数は戦力。

 魔獣のチームワークに対し、二人で六匹を相手取るのは非常に不利だった。

 多角的な攻撃ができるように平地へと誘導されており、二人の魔力が底を尽きるまで魔獣は続けるだろう。

 レンは【共鳴】で得られた魔力を打開策として残していたが、魔獣はリコではなくレンを狙い始めた。

 魔獣の牙がレンの右腕に目掛けて飛び出す。

 それを寸前のところで棍棒を振り回し、いなす。


「っと!?……危ない……!」


 偶然とはいえ一匹に攻撃が当たったことで魔獣の攻撃が止まる。

 しかし、逃がしてくれるような雰囲気ではなく、次の手を考えているようだった。


「リコさん……。まだ大丈夫……?」


「何とか……。大規模魔法さえ打てれば何匹かは倒せると思うのですが……。そんな時間は与えてくれそうにもありません」


 レンはその言葉を聞き、焦りの表情を浮かべる。

 結論としては嬲り殺されろというわけなのだが、レンは諦めきれなかった。

 ――何か……何か手があるはずなんだ……!今までの強敵たちとの戦いを思い出せ……!

 レンはカレンとの再戦を思い出す。

 間違いなく最強との戦い。

 持てる全てを使っても数回しか攻撃を当てられない相手。

 それもほとんど威力が殺されているため相手にはダメージがない。

 ――違う!カレンさんとの戦いは確かに大変だった。けど、あの戦いの相手はカレンさんだけ。もっと多人数での戦いだ……。

 更に過去を振り返り、魔法競技祭やハウルとパートナーとの訓練を思い出す。

 しかし、どれもしっくり来なかった。

 ――この状況はどこかで……。どこかで覚えてるはずなんだ……!


「レン君」


「!?」


 不意にリコから声をかけられ、レンは驚く。

 リコの横顔は焦りや不安の表情を醸し出してはいるものの、どこか嬉しそうな雰囲気を放っていた。

 ――この状況を楽しんでる……?

 レンはリコが何故楽しんでいるのか理解が追いつかず、混乱する。

 そんなレンを見て、リコはギュッと手を握りしめる。


「あの時と同じです」


「あの時……?」


「はい」


 レンは『あの時』というものがどの時間を表しているのか分からず首を傾げる。

 リコは胸に手を当て、懐かしむように口を開く。


「レン君が、私を助けてくれた日の事です」


「……あ!」


 レンは思い出した。

 入学し、紋章魔法を覚えたてのあの時、メリルからリコを助けるように依頼された日。


「……あの時と似てる……!」


「はい……!」


 魔獣に襲われていたリコを助けるために魔獣を倒したレン。

 倒したと思いきや別の肉食魔獣に追い詰められかけた時の事を。

 あの時と違うのはレンも戦えるようになった事。

 レンの覚悟が決まり、リコに指示を出す。


「リコさん……魔力を解放してヤツらの動きを止めてもらえるかな?」


「はい!任せてください」


 レンは【火】の魔道具をリコの腰袋から取り出す。

 そして、【風】の魔道具をホルダーから取り出し、二つの魔道具を上空に掲げる。

 魔力の共鳴をする暇がない為、自身の魔力で魔法を発動する必要がある。

 ――この魔法はリコさんに使ってもらう……!

 レンは心を研ぎ澄まし、詠唱を開始する。


「『唸りを上げる烈風とすべてを焼き尽くす炎よ、我が魔法にてその根源たる力を開放し、重ね合わせ、新たな魔法へと昇華せよ!』」

 

 【火】の紋章が一つ。

 その周りを囲むように【風】の紋章が八つ現れる。

 レンが指定した数ではなく、自動的に出現したのだ。

 自身の魔法にどこまでの力があるか把握はしていない。

 それでも、父親から受け継ぎ、晩成したこの力を信じるレン。

 ――あの時とは違うけど……なんだかあの時に戻った気分だ。

 リコが魔力を開放し、魔獣が怯んでいる間に魔道具を作っていた時の事。

 作っているものこそ違うが、ほとんど同じシチュエーションだった。

 レンは嬉しくなり、目を爛々と輝かせて紋章を一つにする。

 【火】と【風】が織りなす灼熱の嵐。


「あれは……【灼熱】ですか……!?」


「わからないけど……リコさんがそう思ったなら、きっとそうなんだと思う」


「……ありがとうございます。レン君が作ってくれた魔法、使いこなしてみせます!」


 上空からほとばしる熱気と魔力に狼型の魔獣は後ずさりを始める。

 リコは群れの中で一番体躯の大きい個体を睨みつける。


「逃がしません。『燃え盛る紅蓮の嵐よ、我が周りを生きるに堪えがたい灼熱の苦痛を与え、燃やし尽くせ』」


 詠唱が終わった瞬間、何かを察した魔獣は一斉に背を向けて走り始める。

 しかし、もう遅かった。

 半径五十メートルの範囲を一度に灼熱の空間を生み出し、木や水、土と魔獣を焼き払った。

 魔法の効果が失われると、熱による上昇気流が吹き込み、大地を冷やしていく。

 二人の立っていた場所だけ草は生えていたが、周囲は完全に荒れ地と化していた。

 レンの作る紋章は発動者を守る仕組みが働くようで、範囲内に入っていれば助かった。


「す、凄い……!すごいよリコさん!全部、倒せたよ!」


「は、はい……!レン君が作ってくれた複合魔法のおかげです。ありがとうございます」


「いやいや……リコさんじゃないとあれだけの威力は生み出せなかったから、リコさんのおかげだよ」


「そういうわけには……!……ふふふ。私たち、謙遜してばかりですね」


「あはは……!そうだね……!上手く使いこなしてくれてありがとう」


「私の方こそ、いいものを使わせてくれてありがとうございます」


 二人は手を繋ぎ、再び北へ向かって歩く。

 時刻はまだ昼を過ぎたあたりだったから。

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