二人の時間、独りの時間
【太陽】は朝を告げる前にレンは目覚める。
リコは火の始末をしており、レンが起きたことに気が付いていない。
そっと忍び寄り、レンはリコの肩をトンっと両手でたたく。
「ひゃ!?」
余程驚いたのか飛び上がり、レンの姿を確認して一息つく。
「お、おはよう。火の番をしてくれてありがとう……」
「お、おはようございます……。いえ、私の仕事でもあるので……」
リコは胸に手を当てて少し後ずさりする。
「驚かすの、苦手だった……?」
「い、いえ!そういうわけでは……」
――何だか知らないですが、少しだけ嬉しかったかもしれません……。変なので言わないでおきましょう。
リコはレンに驚かされたことがなぜかうれしく感じていたことに疑問を持ち、通常の思考ではないと判断し押さえ込む。
レンはリコの反応に少し心配し、不用意に驚かしたことを反省する。
同じ獣人とはいえ異種族だ。
猫族では当たり前の習性は他種族で通用することはほぼ無い。
レンは話題を逸らせようと【収納】カバンに手をかける。
中には保存食が一食毎用意されている。
保存食は保存食。
中に入っていたのは干し肉だった。
別に苦手なものでもなかったが、昨夜の肉を思い出すと味の差は比べ物にならない。
レンは立ち上がり、手をぐっと握りしめ、リコの方へ向く。
「今日も魔獣に出会ったら、肉を獲ろう!」
「ふふ……」
「な、なんで笑うのさ~!?」
「いえ……。お肉大好きなレン君を見て、かわいいと思いまして」
「むむむ……。そ、そんなに食い意地はってないもん!」
レンは怒ったようなしぐさを見せ、リコはそんなレンを見つめる。
二人の目が合い、口を押さえて笑みをこぼすのだった。
§
朝礼前。
中等級クラスの教室でサクラは席に着く。
――いつもいる席にレンくんはいない……。ってことはリコちゃんと行ったのね。
「よーし、授業始めるぞー」
サクラはため息を吐き、つまらなさそうに立ち上がる。
「礼!」
「「「「お願いします!」」」」
クラスの全員が着席したことを確認するとサムは口を開く。
「一部、知っているヒトもいるだろうが特級クラスのリコとうちのクラスからレンが現在国外探索の任務に出ている」
――精霊探しは『任務』という扱いなのね。アタシも行きたかったな……。
サクラがリコを羨ましがっているとハウルが大きな音を立てて立ち上がり、サムに詰め寄る。
「どういうことなんだよ!なんであんな落ちこぼれが任務に就けるんだよ!だいたい特級クラスのやつだってノーマジだろうが!」
――うわ~。まだアイツはレンくんに突っかかるの……?勝ち目無いわよ。だってメリル先生に聞けばあの二人は聖騎士のカレン様に一撃だけじゃなくて魔法も当ててるってきいたわよ?
サクラは非常に冷めた視線をハウルに向けるが、彼の沸騰したような怒りは収まることを知らない。
そんなハウルの肩を掴みサムはにっこりと笑う。
ただの笑顔だが、ハウルとサクラは背筋がぞっとするような寒気を覚える。
「対抗心を燃やすのはわかる。だが、レンもリコもノーマジではなくなったんだぞ?それなのにまだノーマジと見下すのか?ハウル」
「一人じゃどうしようもない奴が二人になって何なんだ!俺はこんなところで仲良ししながら授業を受ける気はねぇ!何かを手に入れたぐらいでいい気になっているやつを見ると反吐が出る!そこのタヌキ女みたいに捨てられるぐらいが丁度いいんだよ」
「ちょっと……!いきなりなんていうかと思ったら、何?アタシが捨てられたですって!?ふざ――」
反論しきる前にサムはサクラの前に立つ。
裏で抗議を続けるサクラを尻目にハウルを睨む。
「なんだよ?やんのか?」
「お前くらいの実力なら魔法を使うまでもない。そもそもそんな大人げないことはしない。お前が納得しないなら、学園長に頼んで特別講義にしてもいいぞ?どうする?」
「面白れぇ!あいつらが帰ってきたら、決闘の準備をしておけよな!俺は部屋に戻る!行くぞ!」
ハウルは教室を出て、パートナの女子も立ち上がる。
サクラのそばに立ち、深く頭を下げる。
「ごめんね……。サクラさんに向かってひどいこと言わせて」
「良いわよ……。アナタは悪くないじゃない……。少し傷ついたけどさ……」
女子は教室を出る前に深々と謝意を込めて頭を下げる。
――かわいそ……。あんな男とパートナーを組んだばかりに……。アタシは……きちんと見極めて見せるわ。そんなことより……!
サクラは怒気を込めてサムの背中を殴る。
圧倒的な筋肉質の体に対しサクラの殴打が効くはずはなく、口をとがらせて不満な様子を前面に押し出す。
サムは肩を落とし、大きくため息を吐く。
「あいつら……大丈夫か……?」
「センセー。アタシ、傷ついてるんですけど~。せっかく文句言うチャンスだったのに」
「すまんすまん。流石に言いすぎだと判断してな……。埋め合わせに、誰か紹介しようか?」
「最っ低っ!!」
サクラはサムの脛を蹴り飛ばし、憤慨しながら着席した。
――デリカシーが足りないのよ。他のオスなんかじゃ、レンくんの足元にも及ぶわけないわ!
空席を見つめながら、サクラは大きくため息を吐くのだった。




