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初夜

 肉を手に入れ、再び北へ向かって歩く二人。

 レンは魔獣が現れないかと期待するが、やはり国内の為お目に掛かることはなかった。

 特別、戦う事も追われる事もない為、国境付近まではすんなりと到着する。

 幸い【夜】を迎える時間であり、結界内で【夜】を明かすことにした。

 レンの【収納】の魔道具の中にはキャンプセットが入っており、なんとテントも入っていた。


「これって、レプレさんが持ってたテントじゃ……!」


「本当ですね。これなら横穴を探す必要が無さそうです。私はこの辺りに【守護】の魔法でバリアを貼っておきます」


「うん、オレはテントと料理をしておくよ」


 一度、レプレと共に冒険した経験がここで生きる。

 レンは手際良くテントを展開し、木を組んでいく。

 もちろん火をつけるのにもリコの魔法か共鳴させた魔力が必要な為、程々に組んでご飯の支度をする。

 昼間に獲れた魔獣の肉をナイフで切っていく。

 【収納】の魔道具の中には『塩』と書かれた瓶が入っていた。


「シオ……?なんだろ……?」


 不思議そうに瓶の中身を手に取り、一思いに舐める。

 あまりの塩辛さにレンは思わず顔を顰める。

 いつもの表情とかけ離れていたのか、遠くからくすくすと笑いながらリコが帰ってくる。


「どうされたのですか?」


「い、いや……この粉?粒?舐めたらすごく喉が渇くような辛さだったんだ……」


 リコは爪の先に少しだけ塩をつけて、それを舐める。


「……確かに、これは強い味がしますね。お料理に使うものかもしれません」


 リコの考えを聴き、レンは肉と塩を交互に睨めっこする。

 そして、意を決してリコに顔を向けて口を開く。

 

「……ちょっと、肉にかけてみてもいい?」


「はい。かけてみて、美味しければ次も使いましょう」


 リコは相変わらずレンの提案を否定しない。

 投げやりというわけではなく、単純に『調理器具と共に入っていた』というだけであるが、自身の直感を信じての発言である。

 そして、二人は料理というものを知らない。

 給食に出されるものは基本的に食べやすいようにカットされ、種族によっては生から焼きまでの調理はしている。

 味付けなどの料理は獣人には必要がない。

 レンは恐る恐る塩を振り掛け、下準備を終える。

 組んだ薪の前に立ちリコは詠唱をする。


「『われらの足元を照らす篝火よ、確かな温かみを持ち、安寧を与えたまえ』」


 着火用の小さな木くずや枝に点火する。

 点いた火は初めの方こそ弱弱しかったが、次第に大きくなっていく。

 リコなりに安全に火を灯したようだ。


「リコさん、火は苦手だった?」


「いえ。猫族は火を怖がる方が多いと習いましたので、レン君を怖がらせないようにと……」


「……ありがとう、リコさん。そうだなぁ……確かにオレは火の魔道具を作ってこなかったもんね。本能的に避けていたのかもしれないや」


「お役に立てられたなら、よかったです」


 ――まぁ。炎の側は暖かいから好きなんだけどね。ま、言わないでおこう。せっかく気を使わせてしまったんだし。

 レンはそう心に仕舞い、肉が焼ける位置にまで肉を持っていく。

 脂が焼けていく匂いが漂い、レンの腹の虫が鳴り響く。


「あ、あはは……おなか空いちゃった……」


「本当ですね……。あ、そろそろいい頃合いだと思います」


 リコは鼻をヒクつかせ、ちょうどよい焼き加減だということを知らせる。

 野狐族は視覚だけではなく嗅覚にも優れているようで、レンには焼き加減のタイミングまではわからなかった。

 焼きたての肉を眺め、レンは恐る恐る口の中に入れる。

 予想通りだが、冷ますことを忘れており、焼きたての熱さに悶えながら肉を噛んでいく。

 すると肉の味がするところまではいつもと変わりがなかったが、塩による旨味を引き出す効果により普段の肉がどれだけ味がないかを思い知る。

 しっかりと嚙みしめ、喉に通す。

 レンは目を輝かせてリコを見る。


「これ……すごく美味しい……!」


 レンの表情を見たリコはくすくすと笑いながら同じように肉を頬張る。

 余程美味しかったのか、頬に手を当てて目尻を垂れさせ、尻尾が小刻みに降られる。


「本当においしい……。いっぱい食べましょう!」


「だね!」


 二人は美味しさのあまり、魔獣の肉をすべて平らげてしまった。

 満足感により、リコは少しうとうとし始める。

 レンは傍に寄り、膝の上にリコの頭を乗せる。


「あ、あの……」


「ん?」


「重くないですか?」


「全然?眠たいだろうから、先に寝てもいいよ?オレはまだまだ大丈夫だから」


「ありがとうございます。レン君は暖かいですね……」


「それはよかった――あ……」


 既にリコは寝息を立てており、レンはリコの髪を撫でる。

 さらさらとした質感の髪はレンの手櫛に一切引っかからず、よく手入れがされていた。

 視線を下に移し、左手の指に嵌められている指輪を眺める。

 ――これから精霊の契約に必要になるんだよね……。大丈夫かな……?

 レンの心配とは裏腹に魔道具の宝石は自信満々と言わんばかりに淡く輝いていた。


「レン……くん……」


 不意に呼ばれ、視線を顔に戻す。


「寝言か……」


 夢の中でもリコはレンと一緒にいるようで安心する一方、少しばかり一緒に話ができる夢の中のレンにヤキモチを妬くのだった。

 精霊探しの旅はまだ始まったばかり。

 これから待ち受ける試練に備え、レンは出来る限りの準備を行うのである。

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