成長と実力
カレンが聖剣を天井に向けて掲げる。
――まずいっ!
レンは足に魔力を凝縮し、リコの元へ跳ぶ。
そのままリコを抱えて横に跳ぶと、リコの立っていた場所が大きく削られていた。
リコの魔力の壁を物ともしていなかったのだ。
「――っ!木剣の時でも凄かったけど、あの剣は本当にヤバい……!」
「私の魔力を削り飛ばされるのは初めてかもしれません。どうしましょうか……。これでは私が足手纏いです……」
カレンよりも膨大なリコの魔力ですら聖剣の斬撃に耐えられず、実力不足を実感する。
――どうする……。詠唱の時間は与えられないはず……。かといってオレがリコさんから離れた瞬間、あのヒトはリコさんを狙う……。なら……。
レンはリコの手を握りしめ、魔力を送り込む。
「リコさん……いや、リコ!魔力を【共鳴】させるよ!」
「……はい!レン君に……れ、レンに合わせます!」
二人は魔力を昂らせ、【共鳴】させていく。
レンの魔力は『リコのために扱う』という誓いを満たし、絶対量が跳ね上がる。
――魔力は多くなった……。さっきよりも速く動けるだろうけど、長くは続かない。身体が保つか分からないけど、あのヒトに接近戦を持ちかける。あとは、リコさんがトドメを刺せば……!
リコを横目で見つめると、少し強く手を握り返された。
「行くよ、リコ!」
「はい!お願いします。レン!」
――来る!
カレンがそう感じ取った瞬間、すでに目の前にレンが迫っていた。
聖剣で薙ぎ払うよりも速く。
レンの拳がカレンの腹部に目掛けて突き出されるが、攻撃を止め、レンの拳を軽くいなす。
そのカウンターで聖剣の柄で殴打されそうになり、レンはいなされた時の体勢から前転し、体を捻る。
両足が着地した瞬間、両手両脚のバネを使ってカレンに取り掛かる。
爪を出し、牙を剥く。
カレンの表情が一瞬硬くなる。
見た目は猫族だが、レンの中には狼族の血が混ざっている。
猫族の瞬発力と狼族の粘り強さはレンの細胞に深く刻まれており、格上相手でも諦めることがなかった。
レンの中に眠る捕食者としての血をカレンは感じ取り、負けるはずがないと思っていても怯んでしまう。
レンの攻撃をバックステップで避け、聖剣を天井に向けて掲げる。
「そこだ!『唸りを上げる烈風よ、大気を押し固め、敵を穿て!』『数多の魔法の根源よ、全てを重ね合わせ、その力を昇華せよ!』」
レンは【共鳴】を行った時にリコから【風】の魔道具を返してもらっていた。
【風】の紋章を八つ程展開し、全てを一列に重ね合わせる。
魔力の総量が増えたとはいえ、下級の魔法ではカレンの魔力の壁は突破できない。
その為にレンは自身の魔法で上級魔法を作り出し、対抗する手段をとった。
数を重ね、自身の魔法に慣れてきたレンはカレンが剣を振るうよりも速く魔法を昇華させ、【疾風】の弾丸をカレンの右手に打ち込んだ。
聖剣が吹き飛び、カレンは驚愕の表情を浮かべる。
「――っ!?」
「リコ!今だ!」
「はいっ!『澄み渡る氷霜よ、彼の者の体温を奪い取り、活動を制限せよ!』」
カレンを中心に半径三メートルの範囲に氷柱が形成された。
レンはすでに退避しており、リコのそばに立つ。
「やりましたでしょうか……?」
「わからない……。相手は聖騎士だから簡単には勝たせてもらえないとは思うけど……」
レンは気を張り詰めたまま氷柱を眺める。
するとミシミシと音を立てて氷柱は震え上がる。
レンが魔力を展開した瞬間、氷柱は砕け散り、二人は大広間の壁に叩きつけられた。
「リコ……さん!大丈夫……!?」
「う……」
リコはレンに抱き抱えられ、壁への直撃は免れたが、あまりの衝撃に意識が朦朧としていた。
レンは魔力を展開していた事もあり、リコほどダメージは受けていない。
しかし、背中の至る部分が痛みで悲鳴を上げる為、骨に何らかの異常があると推察する。
そして、【共鳴】させた魔力は全て失っていた。
砕けた氷を眺めると、冷気のモヤの中から凄まじい魔力の圧を展開するカレンの姿が目に入る。
目に光を宿さず、完全に本気モードに入ったカレンの姿を見て、レンは顎を鳴らす。
――だ、ダメだ……。まだ、挑むには早かったんだ……!
カレンは聖剣を拾い、八相の構えを取ると、一瞬でレンの前に迫った。
リコを庇うように抱きしめ、来る一撃を待った。
しかし、代わりに来たのは優しく頭を叩かれた。
顔を上げるとカレンは空中に逆さ吊りにされており、頭に触れたのはふくの手だった。
「見事じゃった。お前たちは『かれん』相手に臆する事なく実力を発揮した。お前たちの国外への調査を認めよう」
予想外の言葉を受け、レンはその場で放心状態になっていた。
そんな姿を見たふくは少しだけ眉間に皺を寄せる。
「なんじゃ。嬉しくないのかの?」
「ふく様……カレンに勝てなかった事で許可が降りないと勘違いしていたかもしれません」
「カカカっ!」
ふくはメリルの発言に腹を抱えて笑う。
「無理じゃ!『かれん』は『ぼるふ』の右腕じゃよ?彼奴が負けるようなことは、わしか『ぼるふ』、それとお前くらいじゃろう?」
「まあ、そうですが……」
「これだけ戦えるのであれば、近場の調査なら行けるじゃろう。……『めりる』よ。後は任せたのじゃ」
ふくは手をひらひらと、振り、ご機嫌な様子で大広間から出ていった。
「……全くあなたは『近場ならこの二人に行かせようかの』とでも言いたかったじゃないですか?」
メリルは呆れたようにため息を吐き、レンとリコのそばに座る。
「お前たちはよく頑張った。こんなに成長するとは思ってもいなかったよ」
二人の頭をメリルは優しく撫でるとレンとリコは目を合わせ、嬉しそうにメリルに笑顔を向けたのだった。
その間、カレンは逆さ吊りのままなのである。




