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司書は怖いヒト?

 図書室に着くと三人はそれぞれ紙に文字を書いていく。

 この図書室は自由に本の持ち出しは出来ず、本のタイトルかジャンルを指定して一冊のみ閲覧ができるシステムだった。

 レンは紙に『紋章魔法』と書き、司書に手渡す。


「元気になったか?」


 フードを被っていた司書の顔をよく見ると、狼族だった。


「狼族……!?」


「残念。神族の氷狼だ」


「あれ?レプレ様の……」


「ガブだ」


 司書はヴォルフの息子のガブだった。

 サクラが言っていた怖いヒトというのはこういうことである。

 黒装束に深くかぶったフードで正体を隠しつつ、図書室の秩序を乱すものはフードの中の闇から輝く金色の瞳で一睨みし、戦意を喪失させるという荒事もしていた。

 そのせいで図書室へと足を運ぶヒトが少なかった。


「あ、元気になりました!ありがとうございます。……ガブ様は本読むの好きですか?」


「特別好きではない。だが、ふく様に幼少期から本は読んでおけと厳しく言われ、今では習慣になっているな。ほれ、これでいいか?」


 いつの間にか本を魔法で呼び出しており、一冊の本をレンに手渡す。


「『紋章魔法の種類と詠唱』……はい!ありがとうございます!」


「それよりも、魔物を一匹倒したそうだな」


「……実はあんまり覚えてないんです!無我夢中で……」


「そうか。なら、この本も読んでおくといい」


 異例の二冊目の本を手渡されるレン。

 この時点で総重量が六十キロを超えていた。

 あまりの重さで足を震わせながらなんとか堪える。


「あ、ありがとう……ございますっ……!」


 ヨロヨロと机まで歩き、音を立てないように本を置く。

 大きくため息を吐き、二冊目の本のタイトルを確認する。


「えっと……『魔物について』……?これってこの前の怪物の事……?」


 レンの上半身程の大きさの本をゆっくりと開けていく。

 そして、本に意識がのめり込んでいくのだった。


 §


 魔物。

 それは地上より堕ちる者とされる。

 共通点は各地にある大穴から這い出てくる事と動物の体の一部を継ぎ接ぎにした異形の身体、脅威的な再生能力を持つ。

 普通なら致命傷の攻撃も何事もなかったかのように再生し、立ち向かってくる。

 体内に宿す魔障石の魔力を使い切ると魔障石を残して肉体を殺せる。

 しかし、この魔障石が一番厄介である。

 破壊するか一定時間経過すると中の【暗黒】の魔法が漏れ出す。

 これに触れるとヒトなら即死、大地や草木が一切生えぬ【完全に死んだ土地】になる。

 これを防ぐには魔障石を元素魔法か聖なる力で破壊する必要がある。

 純粋な元素魔法には【暗黒】の力を削ぐ力があり、魔障石自体も元素魔法に対して脆い性質がある。

 但し、生半可な力では破壊は叶わぬ。

 特級以上の魔力を持ち合わせた者が全力で破壊するのが精一杯だと認識するべし。

 聖なる力はいつか現れてくれる者がいると願う。

 上級以下の兵士、特級以上だが元素魔法を持たない者は足止めに専念する事。


 §


 レンは胸をギュッと抑え、息を整える。

 レンの中にある微かな記憶に故郷が黒いモヤに侵食されているものだった。

 その正体が魔物であり、魔障石だった。

 そして、オクトの『黒くなった魔障石に近づかない事』と完全に一致するものであり、縁祭の時にそれを見かけた事を思い出す。

 ――どうやって生き残ったんだろう……。あれ?ページが捲れない……?

 レンは難しい顔をしていると本を取り上げられる。


「この本は特別だ。読むべきページ以外は読めないように保護されるんだ。これから、お前たちには対処してもらうかもしれないから覚悟をしておく事だな」


 ガブはそう告げると軽々と本を持ち上げて書庫へと姿を消す。

 ――これからも、あんなのと戦わなくちゃならないのか……。

 気分が憂鬱になりかけた時、リコが本を持って隣に座る。


「何かありましたか?」


「あ……うん。この前の祭りの時に出た怪物の対処法が分かったんだ」


「私たちでも倒せるのですか?」


「元素魔法を扱えば何とか……かな?」


「魔力が足りないかもしれませんね……。そう思うと、やはり魔力を使って戦う方が効率がいいのかもしれませんね」


 リコはあの出来事に怖気付くこと無く、対策を立てていく。

 そんなリコを見て、レンは立ち止まっている場合ではないと気分を奮い立たせる。

 するとレンの手にリコの手が重ねられる。


「無理はしなくていいんです。怖いものは怖い。私だって、あんなのと戦いたくないです。ですが、私が戦わずにいればあなたが傷つき……最悪は失う。それだけは嫌なので、戦うんです」


 レンはその言葉にハッとする。

 誓い。

 レンはリコを守る為に魔法を使う。

 魔法にその誓いを立て、本当にリコのためにしか使えない魔法になる。

 その誓いで今の力を手にしている。

 レンは恐る恐る、口を開く。


「リコさんは……魔法に誓いを立てたの……?」


「私はまだ自身の魔法を見たことがありません。ですが、あの時『レン君を守るために戦う』と願いました。あ……これは本心ですよ?」


 首を傾げ、至って真面目であるという表情をする。

 そんなリコを見て、レンの表情から不安が和らぐ。


「そうだね、ありがとう。オレは間違ってた」


「?」


「リコさんを傷つけないようにしたいんじゃなくて、オレはリコさんと隣で戦いたかったんだった。だから『リコを守る為に魔法を使う』っていう誓いを立てたんだってコト」


「はい、これからも一緒にいてくださいね?」


「もちろん!」


 レンはリコの頬にキスをすると宙に浮く。

 首根っこを掴まれていることに気がつくと、恐る恐るその正体を確認する。

 ガブだった。

 金色に輝く瞳は戦意を喪失させるには十分なもので、レンは冷や汗をかきながら反省の色を見せる。


「図書室はそういう事をする部屋ではない。次は締め出すからな?」


「は……はひぃ……!」


 黄金の瞳で睨まれながら囁かれると非常に恐ろしく感じ、レンは小さくなる。

 ゆっくりと降ろされ、レンは震えながら本を開いて知識を蓄えるのだった。

 陰でその光景を見ていたサクラは必死に笑いを殺すので精一杯だった。


 図書室のこわ〜い先生という噂は本当だったとレンは実感したのである。

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