想いを結ぶ魔法
レンははやる心を抑え、詠唱に集中する。
メリルですら知らない魔法の詠唱はどう行うのか。
答えは紋章に触れ、溜まっている魔力を自身の頭に集中させる事。
下級魔法なら問題はないのだが、上級魔法になると話は別。
魔力を取り込み、詠唱のための言葉を得られる時間は下級魔法の十分の一。
それ以上は取り込む魔力の奔流に脳が耐えられない。
それはリコやメリルであっても同じことが言える。
レンも同じことが言えるため、一瞬で読み解く必要がある。
――大丈夫……。リコさんがそばにいる……。だから何とかなる……!
レンは覚悟を決め、紋章の魔力を取り込んだ。
「――っ!」
「大丈夫ですか……!?」
「うん……!凄い魔法だよ……これ」
リコは宝石のように目を輝かせ、楽しそうな表情を浮かべ、尻尾が膨らむ。
レンとパートナーになることでリコはレンに対して徐々にだが、感情が豊かになっていっているのを実感する。
リコが心を開いてくれている事を実感し、レンも嬉しくなる。
「それじゃあ……行くよ!」
レンは紋章に魔力を込め、リコの喜ぶ顔を想像する。
「『神々の恩寵を与えられし万物よ。形ある物はいずれは壊れる運命と知る。我の想いと作り手の想いを受け取り全てを結びつけ給え』」
――もう一度……。リコさんの作ってくれた髪飾りを付けて喜ばせてあげたいんだ……!お願いだから成功してくれ……!
レンがそう願い魔力を更に込めると上級魔法とは思えない柔らかな光が二人の両手を包み込み、髪飾りが空中に浮かび上がる。
髪飾りは少しだけ強く光ると降下を始める。
レンとリコは両手を重ねて大きな器にする。
二人の手に髪飾りが触れると光は失われた。
「凄いです……!壊れた魔道具は基本的には直らないのに……。レン君は本当に凄いです!」
レンは照れながら髪飾りで後ろ髪を結える。
クルッと一回転し、リコの反応を見る。
目を輝かせ、満足そうな笑みを浮かべていた。
全てを見ていたメリルは二人の世界をできるだけ壊さないように声をかける。
「驚いた……。魔道具を直す魔法……いや、【道具と想いを結びつける】魔法と言ったら良いのか……。レン、お前は初めからできると思って試しただろう?」
レンは少しだけ考え、頷く。
「こんなに上手く行くとは思ってなかったんです。でも、初めて魔道具を作った時、壊れた魔道具を再利用してリコさんに使ってもらった。その時に似たような魔法を使ったんじゃないかな?って思ったんです」
リコはポケットの中から持ち手だけになっている魔道具の杖を取り出す。
壊れた魔道具をポケットから取り出す行為にレンは驚くが、壊れても大事に持っている事に嬉しく思う。
「そうか……魔道具の再利用も普通なら行うことはないものだったな。レン、お前の魔法と【結合】の上級魔法についてだが、リコと同様に女王様に共有しても良いだろうか?」
「は、はい!大丈夫です!国のために役に立つなら……それがリコさんを守るために役に立つなら!」
「わかった。……話は変わるが、お前たちはパートナー契約を結んだのだな?」
メリルに問われると、二人は顔を合わせ、照れ笑いを浮かべながら手を繋いで頷く。
それを見たメリルは鍵を棚から取り出し、レンとリコに手渡す。
「先生、これは?」
「今、お前たちはそれぞれの寮に戻っているだろう?パートナー契約を結んだ者には相部屋を与えるようにしているんだ。部屋の掃除から始めないといけないが、過ごしやすいとは思うぞ」
「ちょ、ちょっと先生待ってください!いきなり一緒の部屋にって……!?」
メリルは不思議そうな表情を浮かべて首を傾げる。
「別に今すぐに一緒の部屋になる必要はないぞ?わたしが言いたいことは部活以外で二人きりになるのに互いの寮部屋に入るなと言いたいのだ。何人もしょっ引いてきたから、お前たちにも忠告を、とね」
レンは先人たちの行動を知らされ、納得する。
「レン君はやはり、一人で過ごしたいのでしょうか?」
リコは少し不安そうな顔をして訊ねると、レンは首を横に振ってリコの手を握る。
「そんなことはないよ?ただ……俺たちが一緒の部屋にいたら、たぶんずっと魔道具を作ってしまってダメになりそうな気がしちゃった」
「……確かにそうですね。やりかねません。お返ししたほうが良いかもしれませんね」
「うん」
――この二人、本当にパートナー契約を結んでいるのか……?現を抜かすようなことがないのは安心するが、これはこれで心配になるな……。
通常運転をする二人を若干心配をするが、メリルは無理やり納得することにした。
レンとリコはメリルにカギを返すと、一礼して保健室を出ていく。
二人の気配がなくなったことを確認すると、ベッドの上に寝転がり、大きくため息を吐く。
「悩み事?」
「セブか……」
ゆっくりと身を起こし、セブと対面する。
くしゃくしゃと髪の毛を掻き、口を開く。
「レンの魔法は見たことがあるか?」
「直接は、ないかな?」
「あれは一点特化の貴重な魔法だよ。紋章を書き写して、分析してみたが、あれを紋章魔法として扱うには不可能だろう。それだけ制約が多い。強いが、苦労するだろうな……」
「ふうん。悩みは『それ』じゃないんでしょ?」
セブはメリルが思っていることが魔法の事ではないとわかっており、ぎくりと身を震わせる。
恐る恐るセブのほうへ顔を向けると、口角を上げて面白そうにメリルを見ていた。
頭を抱え、渋々口を開く。
「今日、パートナーになった二人に相部屋の鍵を渡したんだが、返されたんだ」
「あら?あの二人は一緒の部屋に行かなかったの?」
「二人が一緒になると夜更かししてまで魔道具を作ってしまうから、だそうだ」
「ふふっ……。面白い子ねぇ」
「笑い事じゃないんだがな……」
くすくすと笑うセブを尻目に呆れた表情を浮かべるメリル。
セブは窓際に立ち、ぽつりとつぶやく。
「大丈夫。二人の部屋は必ず必要になるから」
「……お前がそういうならあの二人のために部屋を空けておくとしようか……」
「あ、女王様が呼んでいたってこと忘れてたわ!」
「何故それを早く言わないっ!?まったく……お前の鍵で連れて行ってもらうからな……!」
「は~い」
二人は保健室の裏口の扉から出ていくのだった。




