思わぬ反撃
――なんだ……?これは……反撃型の魔法がレンに……?!
レンの身体にまとわりついていた光は輝きを増して全身を包み込む。
【治癒】魔法。
対象者の細胞分裂を促進し、傷の早期治療をする魔法。
細胞分裂を速める魔法なため、寿命の前借りで傷を治す魔法である。
たとえ腕が千切れていたり、身体の機能を喪失していたとしても、他の細胞を総動員して治す事が可能である。
体力や魔力を回復させる魔法ではない。
オクトは見覚えのある魔法を眺め、考える。
――めえさんが、レンに対して特別に魔法を仕込むとは考えづらい。だが、この魔法の気配は間違いなくめえさんのものだ……。なら、どういう経緯で仕込んだんだ……?
レンに仕込まれた魔法はメリルのものであると察したオクトは、特別視を殆どしないメリルにしては珍しく【完全治癒】の魔法をレンに施していたのだ。
「レン。見えるか?」
「……はい!突然真っ暗になってビックリしました……!」
「お前、めえさんにいつ、【治癒】魔法を仕込まれていたんだ?」
レンは首を傾げ、目を点にする。
いつ受けたか、覚えていないのだ。
答え合わせをすると、リコを助けに行ったあの日に仕込まれていた。
保険として掛けていた魔法が今、ここで役に立ったのだ。
幸いレンは失明を免れ、出来上がった魔道具の入った鍋を覗き込む。
中には親指大の輝く石が転がっていた。
それを取り上げると、キラキラと輝く石にレンは目をまん丸にして眺める。
工房はお世辞にも明るい場所とは言えないが、それでも無理やり光を収束させ、拡散しているようだった。
父親のアルが作った物よりも非常に小さい物で完成しているのか不安になる。
オクトと玉藻がそれを覗き込むと同時に感嘆のため息を吐く。
「レン喜べ。お前の魔道具は完成して、父親を超えたんだ」
「えぇ……。この魔道具なら精霊たちの強力な魔法にも耐えられます……!」
「やっと……やっとオレ……。リコさんの期待に応えられる……」
「では、私はこれで」
玉藻は役目を終えたと悟り、外へと続く扉を開ける。
レンは玉藻に駆け寄り、深々と頭を下げる。
「ありがとうございましたっ!」
「また、お話ができますと良いですね。今度はリコさんもご一緒に……」
玉藻はそう告げると扉をくぐり、ニコリと笑って扉を閉めた。
レンはオクトの元に行くと、白い猫の女性――セブが隣に立っていた。
「こんにちわ」
「あ、オクトさんの……」
「セブで良いのよ。それよりも、玉ちゃんが認めるなんて随分頑張ったのね?」
「皆さんの力がなかったら、きっと上手くいかなかったと思います……!」
セブはレンの頭を優しく撫でていく。
その手つきは非常に心地よく、思わず喉がゴロゴロと鳴ってしまう程だった。
「偉い偉い」
「は……恥ずかしいです……!」
「あら、ごめんなさい。それはそうと、オクトから聞いたのだけれど、リコちゃんとデートなんですってね?」
「は、はい……」
レンは改めてリコと祭りに行くことを実感する。
慌てているような表情を浮かべているレンを見て楽しそうなセブ。
「デートの衣装はもう決まっているのかしら?」
「あ……」
レンは完全に忘れていた。
孤児院出身という事もあり、訓練服と制服、そして今着ている作業服以外の衣装を持っていなかった。
レンは別の意味で焦り始めると、セブは自信満々の表情で胸をドンと叩く。
「お姉さんに任せなさい!コーディネートしてあげるから!」
「で、でも……代金が……」
セブは人差し指を立てたかと思うと、レンの額を軽く小突く。
「今日作ったモノ、もう一度作って、オクトに渡してくれたら良いわよ?期限はいつでも待ってあげる」
「随分と太っ腹じゃないか?」
「あら?青春には期限があるから大目に見なくちゃ、ね?」
「全く、君には勝てないねぇ……」
レンは番というものを見せつけられ、羨ましく思ってしまう。
――オレもこんな、仲の良い番になれるように頑張ろう……!
そう心に誓い、オクトとセブに連れられて衣装を選びに行くのであった。
§
リコは出来上がった魔道具を眺めてうっとりとしていた。
暫く根を詰めて作業していた事もあり、完全に寝不足だった。
サクラも帰った後、一人部室で大きな欠伸をする。
――レン君に会いたいです。
そんなことを考えていた事にリコは驚いて立ち上がる。
鼓動が速く、うるさくリコの中で鳴り響く。
サクラによって自身が恋をしていることを自覚させられたものの、イマイチ心に響かなかったが、今なら分かる。
――恋をすると、とても会いたくなるのですね……。今まで、一緒にいるのが当たり前でしたから、余計に……。
ただ会いたい。
それだけだが、リコの胸をキュッと締め付け、心苦しくなる。
魔道具を手に取り、祈るように胸に当てる。
すると、ガチャリと音を立てて部室の扉が開かれる。
振り向くとメリルが立っていた。
「いよいよ明日、かな?」
「……わかるのですか?」
「サクラと同じくらいは理解しているつもりだが?」
「恋って苦しいのですね」
「それは、そうかもしれないな。だが、明日には打ち明けるのだろう?」
リコはしっかりと頷く。
照れや焦り、緊張といった様子は一切無く、本当に恋をしているのかメリルが不安になる。
リコの表情は強敵と戦う前の引き締まった表情だったから。
――ある意味、強敵なのかもしれないな。レンはレンで何か用意をしているはずだし……。
「そういえば、リコ。当日着ていく衣装は決めているのか?」
「??」
「まさか、制服で行ったりしないだろうな……?」
「それくらいしか持ち合わせてません。こういう時は……おしゃれ?というものをするのですか?」
メリルは頭を抱えて項垂れる。
やはりまだ一般的な心構えができていないと感じたメリルは思考を巡らせる。
――この時間では店は閉まっているだろう……。そうだ……!
メリルはベルトについている収納袋を開き、衣装箱を取り出す。
そして、その中にある一着を取り出しリコに合わせる。
「ふむ、私の学生だった頃のお古だが、少しはよく見えるだろう。それは譲るから、明日来ていきなさい。それと、今度からリコは授業とは別に一般的な教育も受けてもらう。良いな?」
「ありがとうございます。私の足りないところをしっかり教育させてください。よろしくお願いします」
リコは深々と頭を下げる様子を見て、メリルは腕を組んで首を横に傾げる。
――普通はそういうことを学ぶのは嫌がるのだがな……。まあ、それも隔離の影響なのだろう……。
メリルはリコの置かれた状況に同情しつつ、お下がりとなる服を手渡したのであった。




