オレの魔法で……!
レンの魔道具作りは佳境に入っていた。
父親の試作品を超えるための手段は揃った。
あとは、レンがそれを成し遂げるだけ。
大きく深呼吸し、魔法が暴走しないよう慎重に『レンの魔法の紋章』を空中に描いていく。
自身の魔法であるにもかかわらず、紋章魔法として使うのには理由がある。
一つは製作段階での暴走の危険性があること。
これは先ほどあったような事件を回避するためのもの。
そしてもう一つはリコが扱う際に魔法の拒絶反応をできる限り回避するためである。
レンの魔法なら理論上容量や強度の限界点がオクトの作る魔道具よりもはるかに高い。
普通の魔法なら別に問題がないのだが、容れるものはリコの【召喚】による精霊魔法である。
精霊は魔力の濃度を極限まで濃縮し安定化した存在。
それには意思が宿るともされており、特に環境には敏感だと噂されている。
精霊の眼鏡にかなうような容量と強度で作る必要があり、加減ができないレンの魔法よりも紋章魔法で扱ったほうが調整ができるからだった。
その塩梅を知るものが工房に訪れるのである。
「お邪魔します。オクト様、呼びましたか?」
「お、玉藻様。オイラに様はつけなくてもいいんだって」
「それを言えば、オクト様も同じでしょう?」
「だって君はふく様の娘じゃないか」
「……同じ王族ですから。……こんな不毛な争いやめませんか?」
「え……!?」
レンは玉藻の発言を聞き、手に持っていた魔石を落とす。
魔石は固い石の床に負け、粉々に砕けて霧散していく。
「お、オクトさんって……王族だったんですか……!?」
「あれ?言ってなかったっけ?」
「まったく……。国民に間違われるとはどういう接し方をしていたのですか?」
「ほ、ほら……相手は学生だしさ……?」
「相変わらずおかしな方ですね」
「うぅ……」
オクトを完全に言い負かせた玉藻を見てレンは震え上がる。
――もしかしたらメリル先生と同じくらい口が強いんじゃ……。
恐れをなしているレンを見た玉藻は浮かび上がっている紋章を見る。
「これは……!?」
「レンの魔法だ。多分、新種だろうよ」
「ですね。……しかし、これほど重たい制約の魔法は見たことがありません……!レン君はかなり苦労しているのではないですか?」
そう尋ねられたレンは首を何度も横に振る。
緊張している表情を見て玉藻はクスリと笑う。
「そんなに緊張しなくてもいいですよ?」
丁寧な口調で覗き込んでくるその仕草がリコを彷彿とさせる。
レンは思わずドキッとしてしまい、体を硬直させる。
「そ……その……。野狐族ってみんな、丁寧な話し方なんですか……?」
「あぁ……。野狐族だったころ、王族に仕えるための訓練を積んでいましたので。おそらくリコさんも同じ教育を受けて育ったのだと思われます」
リコが玉藻と同じ教育を受けていることを知り、納得した。
――ですが、あれは私の母が女王だと知っていたヒトがいたから特別な教育をしたのだと思ったのですが……。リコさんも、もしかすると……?いえ、考えすぎでしょうね。
玉藻はリコの正体について考察し、一つの可能性にたどり着きかけたが、流石にそれはないと首を横に振ってリコについて考えることをやめた。
「さて、そろそろお仕事にしましょうか?」
「だな」
「お願いしますっ……!」
レンは紋章の続きを組上げ、紋章を完成させる。
その大きさはレンの背丈と同じ大きさであり、それだけで大きな力を発揮できると三人の期待が高まる。
レンは魔石、竜の鱗のかけら、ミスリル、そして大量の炭を混ぜ込んだ鍋に向けて吸収、圧縮、封緘の紋章を鍋を囲むようにして配置する。
三つの紋章はレンの紋章とは違い、魔道具に刻印しており、レンの魔法に反応するようにしていた。
すべての準備が整ったレンは固唾を飲みこみ、目を閉じる。
――リコさん……。今、君のために魔道具を作り上げてみせる。そして……これからもずっとキミのそばにいるから……!
レンの紋章が大きく脈を打つと、吸収、圧縮、封緘の紋章が紋章に反応して起動する。
三つの紋章が一度に数を倍にして連なる。
「まだ力が足りません!もう少し出力を!」
「はいっ!」
レンは指先に意識を集中し、三つの紋章の数をさらに増やす。
総数は九つ。
普通の紋章魔法では見ることのできない光景であり、オクトは嬉しそうな表情でそれを眺める。
「精霊によると今の出力ですべてを同時に行えばよい強度が得られるそうです!できますか?」
レンは即答できなかった。
今出現させている紋章の四種類を一度に発動させる大詠唱を考える暇がなかった。
――魔法を一度になんて……。そういえば……サクラさんの魔道具を改造したときに紋章の追加をしたんだったっけ?それと似たようなことをここで再現すれば……!
「……やってみます!『数多の魔法の根源よ。幾重にも重ね、その力を昇華せよ!!』」
レンの魔法を活性化させると同時に九つの紋章がレンの魔法によって一か所に集まる。
お互いの紋章が干渉し合い、レンの腕がちぎれそうなほどの反発が生まれる。
それでもレンは力を振り絞り、暴発しないように押さえ込む。
「ぐ……うぅ……!リコさんのために、負けてたまるかぁぁっ!!」
レンは持てるすべての魔力を振り絞り九つの魔法を一つにまとめ上げた。
膝をつき、天井を見上げる。
そこには工房の広さ(おおよそ三十二畳)いっぱいいっぱいの紋章が一つだけ浮かび上がっていた。
「おいおい……!複合魔法じゃないか!?」
「……こんな魔法、聞いた事がないです……!」
オクトと玉藻はレンの魔法の特異性に狼狽えているとレンは詠唱を始める。
目の前で起こっている出来事に気を逸らせてしまうと、魔法が暴発してしまう程ギリギリの状況だったから。
「『力の源を吸い取る術を持ち、精霊の力を蓄え、それを封じよ。その力に耐え得る器の強さを星の圧力さながらの力にで圧縮せよ……!』」
――詠唱の言葉なんて知らないのに……。なぜか分かる……!
レンは不思議な出来事の連続だったが、驚く暇もなく、魔法を材料が入った鍋に向けて放つ。
オクトは急いでレンの元に行き、ゴーグルを掛けた。
すると強い閃光が工房を埋め尽くし、その光は外にも漏れ出ていた。
【太陽】よりも強い光であり、レンのゴーグルに亀裂が入る。
ゴーグルは目を保護するための魔法が込められていたが、それが壊れたという事を意味する。
オクトと玉藻は魔力で目を保護し、両手で覆う。
光が収まり、オクトは肩で息をするレンの肩に手を置く。
「完成してるぞ……!」
「本当ですか……!?」
オクトは違和感を感じてレンの顔を掴み、目を見る。
玉藻もレンの目を見て両手で口を押さえる。
「おいおい……冗談じゃないぞ……!」
「真っ暗……。光が強くて目が眩んだんですかね……?」
レンの瞳は光を取り込む事ができなくなっており、完全に失明していたのである。
オクトはその事実を伝えようと肩に手を置こうとした瞬間、レンの身体がほんのりとした光が溢れるのだった。




