リコの魔道具を作る
レンはオクトの工房に置いてあった魔導書を広げて父親の遺した魔道具の製作に必要な魔法を確認する。
【連鎖】の魔法はオクトの言う通り系統外に属しており、紋章の模様も複雑なものだった。
しかし、レンはそれを見てどことなく懐かしい感じを思い出す。
――これ……父さんの魔法、なんだよね……?一度も見た事ないけど、何となく使い方がわかる気がする……!
レンはそれを書き写し、他の魔法と組み合わせていく。
使う魔法は三つ。
【圧縮】、【吸収】、【封緘】の三種類だ。
特に【圧縮】は鉱石状の魔道具で強度を確保するために【連鎖】と組み合わせて形を作る。
【吸収】は紋章を魔道具に入れ込むためのもので、【封緘】は入れ込んだ紋章が勝手に発動しないようにするためのものであり、全てに【連鎖】を組み込んで父親のように【アホみたいな火力の魔道具】をコンセプトに設計した。
「へぇ……魔道具そのものを作るんじゃなくて、器を作るんだな。利便性を確保するためか?」
「いえ……これは、大切なヒトの魔法を入れてあげる物なんです」
「ふむ、リコって女の子だな」
「……もしかして、オクトさんもオレがリコさんのこと好きっていうのも知ってますか……?」
レンは恐る恐る訊ねてみると、自信満々の表情で頷かれ、恥ずかしさのあまり顔を手で覆い俯く。
そんな仕草をするレンをケラケラと笑い、背中をバンバンと叩く。
「そりゃあ、一目瞭然。はは〜ん、祭には完成させてパートナー契約を申し出るってわけだな」
「祭……?」
「違うのか?てっきり一年でまあまあ契約を結ぶヒトが多い『縁祭り』に合わせて来てるのかと思ったんだが……」
レンは祭のことを知らなかった。
学園の行事なのだが、孤児院時代にそれを知る術はなかった。おまけに、ここ最近はイベントが多く訪れたため、余計に知る機会がなかった。
「縁祭りは、花火祭りって言われててな、本来は学園で同じ時期に出会った仲間たちとの縁を大事にっていうふく様の願いを詰め込んだ祭りだ。いつのまにかパートナー契約を結ぶ祭りみたいになってしまっているみたいなんだが、レンはリコって子とパートナーにならないのか?今より確実に強くなれるし、それでできる事も沢山あるぞ?」
「オレ……強くなる為にリコさんを利用したくないんです。……リコさんのこと……大好きで、大事にしたいから……」
「それじゃあ、尚更契約を結ぶべきだろう」
「え?」
オクトがレンの意見とは反対だったことに驚く。
「簡単な話だ。あの子は学園で最強クラスの魔力を持っているんだろう?そんな彼女とパートナーになったら確実に強くなる。そうしたら、リコを利用して強くなろうとする奴が押し寄せるのは想像がつきやすいだろ?」
オクトの指摘にレンはハッとする。
勘違いをしていた。
リコの世界にだってレン以外のオスがいる。
当然他のオスにリコを獲られる恐れもある。
弱肉強食。
早い者勝ち。
この世界は残酷ではあるが、このルールが大前提。
レンはオクトにその事を伝えられるまで、リコは自身のところへ来てくれるだろうと鷹を括っていたという甘い認識で後悔する。
――ま、あの様子じゃ、相手の子もレンのことを好きなんだろうし大丈夫だとは思うが、パートナー契約は『無理矢理』させる事ができるからな。二人のことを考えたらさっさと結ばせたほうが良いのだろうな。
オクトはそう思い、部屋の奥から袋を提げてくる。
「レン、お前の目指す魔道具の形はこれだ」
レンは袋を開き、中から箱を取り出す。
握り拳の大きさ程の箱を開けようとすると、わずかな反発力を感じ、ゆっくりと開ける。
中に入っていたのは金属製の魔道具の輪――指輪だった。
「指輪……?」
「だな。これを作り、台座にお前の作る魔道具を乗せる。この指輪自体は簡単なものだが、入っている魔法は少しクセがある」
「というと……?」
「誓いを相手に伝えて真ん中の指にはめ込んであげると発動する魔法【誓約】だ。効果の程はお楽しみに……だな。誓いの言葉は自分で考えることだ」
「【誓約】……。それって――」
「時間がないぞ。早く作るんだな」
レンの質問を敢えて無視し、魔道具作りに専念するように促す。
聞きたいことは山程あるのだが、リコを他のオスに獲られてしまうことを恐れ、作業のスピードを早めていく。
製作は難航するが、オクトというこの国で一番の技術者によるアドバイスで一歩ずつ、完成に漕ぎ着けていた。
父親の魔法【連鎖】は非常に強力な魔法だが、魔法単体では威力を発揮しない変わったものだった。
他の魔法を組みにした時、初めて発動する非常にクセの強いものだが、父親が魔法技術士(非公認)が天職だったという事が良くわかる。
素材が耐えられれば高性能な魔道具を作り出せ、材料の加工に用いれば、本来複合魔法での加工を強いられる所を無視する事ができる。
何より魔力の少ないレンにも扱う事が可能であり、ピッタリな魔法である事を理解する。
弱点は最初から高威力を発揮する事ができず、そこまでには時間がかかるというのが挙げられるが、それは戦闘でのお話。
魔道具を作る事において弱点らしい弱点ではない為、気にする事がなかった。
そして、鉱石を高熱で圧縮させる工程に入り、レンは気合いを入れて額当てと手袋を装着し、閃光に耐える為のゴーグルを掛けて紐をしっかりと締める。
――本当は一気に熱を加えられると良いんだが、こればかりはどうしようもないな。
レンは深呼吸してリコの顔を思い浮かべる。
「リコさんのために……ずっと一緒にいるために……頑張るんだ……。オレ……!」
魔力を身体から放出させ、詠唱に取り掛かる。
他の作業工程で魔力の大半を失っている今、失敗すると今日の成果を挙げられずに魔力を枯渇させてしまう事になる。
失敗を嫌ったレンは慎重に詠唱の言葉を選んでいく。
「レン。それじゃあ、上手くいかない」
「え!?」
魔力をゆっくりと自分の中に戻していき、魔力の損失が最小限になるようにする。
オクトは作業着を脱ぎ捨て、工房の出口の扉に立つ。
「今日のお前では魔道具を完成させられない。魔力の使い方以前の問題だ。これから訓練するから付いてきな」
「え、ちょっ……!?」
オクトはそれだけ告げて工房から出る。
レンは戸惑いながらも、オクトについていく事にしたのだった。




