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オクトのお悩み相談所

 レンが連れてこられたのは工房だった。

 魔工部の倉庫感ではなく、完全な工房であり、レンは目を輝かせて設備を眺めていく。

 オクトは設計部屋だと思われる場所から椅子を取り出して、腰を掛ける。


「レン。お前、なんか悩んでるだろ?」


「え?……オレってそんなにわかりやすいんですか?」


 オクトが深く頷くと、肩をがっくりと落とす。

 どこからか湯呑を持ってきて、レンに手渡す。

 中身は普通の水かと思いきや、スープだった。


「まあ、そこに座ってスープでも飲みながら話そうや」


 ズズッという音を立てながらオクトはスープを飲むと、レンもオクトに倣って飲んでみる。


「魚のにおいがする……!?」


「出汁をとったからな。ほら、この世界は料理が発達していないからさ、オイラやふく様はこうしないとご飯を食べる気力がないんだよ。ま、肉を焼いたのも旨いんだけどよ」


 おいしさのあまり、レンはスープを飲み干すとオクトはニカッと笑っておかわりを注いでいく。


「ヴォルフ様から聞いたよ。レンの父親が狼族だったんだってな」


「オレ、父さんの事あまり覚えてないんです。いつも何かを作っていたというくらいしか……」


「そうだな。時々市場に流れてくるアホみたいに威力の高い魔道具とかあったからな。だが、モグリの魔法技術士にしては精巧にかつ安定した高威力だった。あれはオイラでもまだその域にはいっていないな。その血を受け継いでいるのだとしたら、そろそろ世代交代の時期なのかね……?」


「そんな……!オクトさんが引退するのは早いんじゃないですか!?」


「オイラだってもう、五十年は生きた個体だ。そろそろお迎えが来てもおかしくないだろう?こんな世の中じゃ」


 レンはそれ以上言えなかった。

 実際、レンの両親も五十歳を過ぎた辺りで死んだ。

 この世界の獣人の寿命は大体五百年と言われている。

 しかし、実際にそこまで生きた個体は非常に稀で、大体のヒトは戦死する。

 オクトも他人事ではないと理解しており、そんな説明になってしまう。

 レンが返答に困っていることを察し、話題を変える。


「それはそうと。珍しい魔道具のレシピをゲットしたらしいじゃないか。少し、見せてくれないか?」


 レンはカバンからレシピと魔道具を取り出し、オクトに渡す。

 魔道具を確認し、レシピを眺める。

 すると顎を触りながら二つをレンに返すと難しい顔をする。


「こりゃあ……難しいな」


「……そんなに難しいんですか?」


「ただ難しいだけじゃないんだ。魔道具の作る工程で必要な魔法が固有魔法なんだ。その中身は【連鎖】」


「【連鎖】の魔法……ですか?」


 オクトは大きな紙を机の上に広げて図を描いていく。

 炎のような模様を横並びに描いていくだけだが、その大きさと数がだんだんと増えていく図だった。

 レンはそれが理解できずに眉間にシワを寄せる。


「説明しよう。【連鎖】とは『一種類の魔法』を『何度も繋げ合わせて大きくする』魔法だ。こういった魔法を【系統外魔法】と呼ぶんだ。一癖二癖ある魔法が多いこのグループは制約の強さによって威力が跳ね上がる特徴がある。レンの父親はそんな魔法の使い手だったんだろうな」


「具体的に、どういった事ができる魔法なんですか?」


「そうだね……。どういった制約か分からないけど、効果発動時間内に同じ魔法を放てば威力が倍加する。一の威力の魔法が【連鎖】によって二倍、四倍とねずみ算的に強くなる……と見立てて良いだろう。だから、その試作品に込められている魔法はおおよそ十年分の【連鎖】が影響しているかもしれないな」


 その説明を聴き、レンは身震いする。

 同時に自身にも同じ魔法が宿っていればと期待をする。

 未だに魔法が分からないレンには喉から手が出るほど欲しい魔法だった。

 それを利用した魔道具作りだって可能になる。

 レンは自身が紋章魔法の使い手であることから一つ、策を思いつく。


「オクトさん!オレに【連鎖】の紋章を教えてください!同じ作り方をすれば、父さんの魔道具の再現ができるかもしれないんです!」


 レンの思惑に気付いたオクトは首を横に振る。


「レン。これは試作品だ。完成品ではないからそのやり方はお勧めしない。恐らくだが、お前の父親は自分の魔法を更に変質化したと思われるお前の魔法に賭けていると睨んでも良い。……まあ、こればかりは魔法が発現しないと分からないんだけどな……」


「やってみせます」


 レンの力強い言葉はオクトの職人魂を揺さぶる。

 目の前には小さいながらも大きな課題を達成しようとするその姿にオクトの胸の奥に火が灯される。

 ――この子はもう子供じゃない……。立派な技術者だ……。それも貪欲な……。

 オクトはレンの意思の強さを汲み取り、ゆっくりと立ち上がって背伸びする。


「よし、それじゃあやってみようか。お前の意思の強さが生半可じゃないところを証明して見せろ。設備はウチのを使って良い」


「ほ、本当ですか!?」


 オクトは二度大きく頷くとレンは早速作業に取り掛かる。

 凄まじい集中力は環境音は愚かオクトの存在すら忘れ去っていた。

 ――期限は二日……だな。試運転や扱い方の訓練を含めるとそんなものだろう。

 オクトの中では既にレンが完成させるイメージができているのか、先の事を見据えていたのだった。

 

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