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ガールズトーク

 部室の前にたどり着いたレンはひどく緊張していた。

 扉を開けるとリコがいるはずだからだ。

 授業中、サクラの言ったことが繰り返され、レンの思考を鈍らせていた。


 婚約。

 

 それは実質、【番】になるということである。

 番というものは発情期の雌と交尾する事で成立する契約であり、結ばれた二人はパートナー契約よりも深く魂が結びつき、魔法の更なる変質を齎すと言われている。

 番になる事で男性はより屈強に、女性は交尾を重ねることで相手のオスの魔力を受け取り、強大な魔法を扱うことができる。

 加えてオスの魔法をより昇華させることも可能だ。

 しかし、それには雌が発情期にならなければ成立しない。

 そこで来たる日に備えて互いの愛を確固なものにする為に婚約する。

 そう言ったものなのだが、レンは一歩踏み出せずにいた。

 レンは能力向上するという特典にリコを利用したくなかった。

 愛しているとしてもそれは歪んだ愛情であるかもしれないと不安になっていた。

 リコの事だ。

 リコはレンの役に立つなら深く考えずに了承するだろうとレンは思っていた。

 そのため、レンが納得できないため動けずにいた。

 ――これじゃあ、サクラさんの言うとおり意気地なしだ……。

 レンは部室の扉に背を向け歩こうとすると、目の前にオクトが立っていた。


「何やってんだ?」


「お、オクトさん……!」


「……」


 オクトは思い詰めた表情をしたレンを見てポリポリと耳の裏を掻く。

 ――どうすっかなぁ。

 オクトはどうするべきか悩んだ結果、部室ではなく別の場所に移動することにした。


「レン、少し付き合ってやる。付いてきな」


「あ……はいっ!」


 オクトはレンの肩に手を置くと一瞬にして姿を消したのだった。

 


 時間をおいて、サクラが部室の扉を開ける。

 すると、リコが魔道具を作っている最中だった。

 周囲を見渡したところ、レンの姿が見えず、渋々リコに尋ねる。


「ねえ、レンくん見ていない?」


「……あ!?」


 サクラが話しかけてきたことに驚き、組み立てていたものが音を立てて崩れた。

 苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべ、サクラは床に落ちたパーツを拾っていく。


「ごめん……」


「いえ、私がサクラさんが来たことに気づかなかったのが原因ですので、気にしないでください」


 リコは特段怒りを見せないことで、サクラは安堵する。

 リコの組み立てていたものは金細工のようなものであり、魔法が入っていない空っぽの魔道具だった。

 ネコとキツネが向かい合ったようなかわいらしいデザインをしており、サクラの胸がキュッと締まったような気がした。

 ――何よ……やっぱり両想いじゃない……。最初から付け入るスキなんてなかったのね……。

 サクラはそれをリコに渡すと、隣の椅子に座る。


「あの……。なにかあって私を呼んだのではないかと思うのですが……?」


「あぁ……。レンくん来ていないの?って聞きたかっただけなんだけどね……」


「……まだ、来ていませんね?サクラさんと同じクラスだから、一緒に来るものだと思っていました」


「あんの意気地なしっ……!」


「え」


「あ!いや!リコちゃんじゃなくてね!?」


 思わずレンへの文句が口から漏れ出て慌てて撤回する。

 慌てた様子のサクラを不審がるものの、パーツを集めていく。

 サクラはリコの並々ならぬ集中力に戸惑いつつ、向き直って口を開く。


「リコちゃんは、レンくんのこと……スキ……?」


 カチャン!


 リコは手に持っていた魔道具の器を床に落とし、再びパーツが散乱する。

 サクラの質問には一切答えることのなく、一心不乱にパーツを集める様子は、何かを隠していると察する。


「アタシはレンくんのこと、スキ……だよ」


「……」


 一瞬手が止まったようにも見えたが、再びかき集めて机の上に乗せる。

 しかし、先ほどと違ってかなり雑に集められていた。

 サクラに目を合わせることなく、リコは手を止めて答える。


「……お似合いだと思います。レン君には私のような忌み嫌われているヒトを選ぶ必要は……ありませんから」


 少し、悔しさがこもった言い方だったが、半ばあきらめているようにも感じ取ったサクラは机を強く叩いた。

 

「……何がお似合いよ!アンタはいつも『野狐だから』、『忌み嫌われているから』って一歩引いてばかりじゃない!アンタの気持ちはどうなのよ!?」


「私は……私だって……レン君のことを大事に思っています。ただ……」


「ただ?」


 サクラの気迫に負けそうになったリコは反射的に目に涙を浮かべてしまう。

 下唇を嚙み、泣いてしまうのを抑えつけ、サクラの顔を見る。


「恋愛をしたことがないので、この気持ちが何なのか……わからないのです」


「それが恋だよっ!」


「え」


「だぁーっ!もうっ!どうしてこの二人がくっつかないのかよーく分かったわ!いい?レンくんはアンタのことが好きで、アンタはレンくんのことが好きなの!二人とも大事にしすぎてことが一切進まないのよ!もう腹が立つからアンタからレンくんにパートナを申し込みなさい!」


 一気にまくしたて、リコがパンクしているのではないかと思ったが、それは杞憂だった。

 不満そうな表情を浮かべてサクラを睨みつけていたので、大きくため息を吐いて出来事を話す。


「はぁ……今日ね、授業で模擬戦があったの。ペアでやるやつね。あれでアタシとレンくんはペアを組んで、パートナー契約しているペアと戦ったの。もちろん手も足も出ないくらい強くて、相手が反則してくれたおかげで負けずに済んだの。けど、実戦では死に等しいことはわかるよね?」


 リコが頷くと、コップに水を入れて一気に飲み干す。

 軽く息を整えてから再び口を開く。


「訓練が終わった後、レンくんにパートナーを申し込んだの」


 リコの表情が一瞬強張る。

 本心を隠しきれていないところがレンとそっくりで思わず笑いそうになるが、そこは我慢した。

 

「でもダメだった。精霊を捕まえに行くためには実力が必要でしょ?あなた一人だけならまだしも、レンくんはあなたと違って魔力に余裕は殆ど無いから。アタシはレン君の助けになりたいと思ったの。けど、レンくんアタシになんて言ったと思う?」


 リコは首をかしげてわからないという表情をする。


「『サクラさんの気持ちには応えてあげられないオスだから』だって。……アタシには靡いてくれなかったのよね……」


「どうして……そのことを私に……?」


「わかんないかぁ……。レンくんはリコちゃん以外とパートナーすら組む気はないってこと。アタシとは魔法競技祭で一緒になったからペアを組んでくれているだけなの。……もういっそリコちゃんから申し出てみたら?きっと嬉しがるよ」


「そんなことはないと思いま――」


「ああぁぁっ!?」


「!?」


 サクラは突然頭を抱えて立ち上がり、リコは驚きのあまり硬直する。

 すると、サクラが振り返りその表情を見たリコは焦りの表情へと変わっていく。


「三日後、学園の花火祭りがあるんだった……!この手を利用するしかないわ!リコちゃん!今すぐその魔道具を作り上げてしまいなさい!」


「え!?その……!?あの……!?」


 その日レンは部室に訪れることがなかったが、彼女たちの集中力は彼の存在など初めからなかったかのように没頭するのだった。

 こうして、サクラの【レンとリコを無理やりくっつけよう作戦】が始まるのだった。

 果たして上手くいくものなのか……?

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