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洗脳の残滓

 リコは女王の事を恨むことも怒ることも出来なかった。

 当事者ではないにしろ、【洗脳】の魔法の残滓が残っている可能性があると疑われるとなると、隔離をするしかないという結論に行き着く。

 ――やはり、野狐族は忌み嫌われても仕方の無い一族なのでしょう……。

 顔を手で覆い、誰にも表情を見せないようにする。

 しかし、嗚咽だけは隙間を縫って漏れ出ていく。

 レンはリコの肩に手を置き、ふくを見る。


「女王様……。野狐族を【洗脳】の脅威から遠ざけることは出来ないですか?」


「残念じゃが、【洗脳】は上手く隠されておる。必ず見つける事ができるとは、わしには言えぬ。呪いのように一族にかけておるのか、この国にかけておるのか見当がつかんのじゃ」


「そう……ですか……」


 レンはがっくしと肩を落とし、リコを慰める。

 そんな二人を見てサクラは一歩前に出てふくと向かい合う。


「あの……。リコちゃんの魔法……【召喚】の事なんですが……」


「……!そういえば玉藻と同じ魔法の持ち主じゃったの!何か不自由でもあるのかの?」


「使い方……教えてもらうことできますか?」


「簡単じゃよ。精霊に会うて、契約を結ぶだけで良い。そうすれば【召喚】の発動条件を満たすじゃろうて」


「その……精霊の魔法は魔道具に封印できますか?」


 サクラの問いにふくは首を横に振る。

 レンはサクラの目的が分からず、首を傾げていると、サクラはレンの背中を思いっきり叩く。


「っで!?」


「アンタの出番よ!オクトさんを超える存在になるなら、やってみなくちゃ!」


「む、無茶だよ!そもそもどうやって封印する――」


 サクラが指を指した先には父の形見の魔道具が置いてあった。

 複合魔法ですら封印を可能にする、父:アルの技術を再現し、完成させる事を意味していた。

 レンは涙を流すリコを見て、小さく頷いて立ち上がる。


「正直言って、できるか分からない。でも、リコさんと約束したからには必ず作り上げてみせる……!リコさん。明日から精霊を探しに行こう!戦闘用の魔道具は今日、たくさん作るから安心して!」


「バカモノ」


 メリルが短くレンを叱責する。

 レンは叱られると身を竦めていたが、その時は来なかった。

 恐る恐るメリルの顔を見ると困ったような表情でレンを見ていた。


「そんな準備では、全滅するぞ?せめて明日一日は準備に当てなさい。手続きは私の方からしておくから」


「アタシは食料を集めておくね!レン君は魔道具作り、リコちゃんは戦闘がメインになるからしっかりと休んで?」


「……ごめん、サクラさん。今回はオレとリコさんだけで行かせてくれないかな?」


「ハブっちゃうんだ……」


 サクラは物凄く悲しそうな表情を浮かべており、レンは胸が痛む。

 しかし、首を横に振って意思を示す。


「えっと……まだ、オレの力?が制御できないからさ……!巻き添えで怪我を与えてしまったら、絶対後悔しちゃうから……。ごめんね……?」


「そう言うことね……。分かった。次の精霊探しには一緒に連れてってよね?」


「……うん!絶対に連れていく……!」


 一瞬、サクラの表情が哀しみを帯びていたが、気づかれないように笑顔で取り繕い、部室から出て行った。

 メリルもサクラを追うように出ていく。

 ふくはイタズラっぽく笑みを浮かべて頬杖をついてレンを見つめる。

 レンが首を傾げて疑問に思っていると、いつの間にかヴォルフがレンの隣に立っており、慌てて身構える。


「な、なんですか……!?」


「オマエ、精霊と契約するなら北にいる風の精霊を訪ねろ。……恐らく、お前の狼の血が役に立つだろう」


 それだけ告げると獣人の姿から大きな狼の姿へと変化し、ふくを背中に乗せる。


「れん。お前のその血は大事にするのじゃ。今や生きている可能性が殆ど無いに等しい狼族の貴重な縁じゃ。それに……」


 レンとリコが並んで立っているだけなのだが、ふくは嬉しそうな笑みを浮かべ、外に向けて指を指す。


「言わんでも良い事じゃったの。精霊との契約は難儀じゃ。今以上に精進するのじゃよ」


 窓から出て行ったのだろう。

 一瞬にして姿が消え、レンとリコが部屋に取り残される。

 レンはリコの方へ向き、そっと優しく抱きしめる。


「……!?」


「大丈夫。オレが強い魔道具を必ず作るから……!」


「……い、いえ……。その……。ちょっと恥ずかしいです……」


「え……?――あっ!?ご、ごめんっ!」


 レンは自然な成り行きでリコを抱きしめていた事を謝る。

 慌てて離れようとすると、リコの手がそれを許さなかった。

 二人が目を合わせている間、時間が非常に緩やかになり、部活をしていたはずだったが、外の声がくぐもって聴こえなくなる。

 レンはリコの表情を見て鼓動が速くなり、リコにも聴こえるのではないかと強く脈打つ。

 自然とリコに顔を近づけ、鼻と鼻をくっつけた。

 猫族の習性。

 親愛の表現である。

 ゆっくりと離すとリコの目は困惑していたものの受け入れていた。


「……ダイスキ」


「……私も。ですが……」


 リコはそれ以上は何も言わなくなった。

 野狐族だから、と言いかけたのをやめたのだ。

 一人の女性としてレンは見ていることに気がつき、リコもまた、それに応えたいと思い、恥ずかしそうにしながら笑って口を開く。


「いえ、一緒に頑張りましょう……!」


「そうだね……!まずは風の精霊を契約するために頑張ろう!」


 部活終了の鐘が鳴るまで、二人はそれぞれできる準備を始めたのだった。

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