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レンの力

「レン君っ!」


「ちょ……!?リコちゃん……!?あのヒトは……!」


 リコはサクラの制止を振り切り、レンを助けるために魔道具の杖を振り翳しながら走り迫った。

 狼族の男は横目でリコを視認すると、小声で短く呟く。


「『凍れ』」


 リコはその場で急停止すると、走ったままの格好で身動き取れずにいた。

 学園一の魔力量を誇るリコの魔力の壁を容易く突破し、リコの体を凍結させたのだ。


「リコ……さんっ……!?……離せ……離せぇぇぇっ!!」


 レンの力に一度男の腕が動いたが、それ以上動かず、更に力を込められて意識が遠のいていく。

 爪を伸ばし、男の顔に目掛けて振り翳すと、男は腕力で無理やりレンを投げ飛ばす。

 雑に投げられ、床に叩きつけられ、リコの足元まで転がり、咳込む。

 レンは得体の知れない力を持つ男を睨み、全身の毛を逆立ててリコの前に立つ。


「何が目的だ……!」


「……」


「答えたらどうなんだ!オレたちが何をしたって言うんだよ!」


 レンは知恵を振り絞る時間を稼ぐために、男に対して質問する。

 男は腕を組んでレンを見下す。

 絶対王者。

 男の抑えている状態の魔力を肌で感じ取り、何をどう足掻いてもレンの勝てる相手ではないと悟る。

 興味のなさそうな表情を浮かべてレンの質問に答える。

 

「……お前の父親、狼族だってな?見た目はネコ族のクセに一丁前な血を持っている。他の狼族の行方は?」


「知らない……!物心ついた時から孤児院育ちだったから」


 レンの口の端から漏れた血の匂いを嗅ぎ、眉間にシワを寄せる男。


「お前はオレの知っている狼族の血と同じ匂いだ。その血を継いでいるなら実力を見せてみろ」


 男は魔力を解放すると、溢れ出る魔力が嵐のように吹き荒れ、サクラはその衝撃で吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。

 道具や書物、家具は部室の隅の吹き溜まりに集められ、スペースが確保される。

 レンは圧倒的な実力差を感じつつ震える脚を無理やり動かし、男を睨みつけて一歩前に出る。


「リコさんを……元に戻せ……!彼女は関係ないだろ……!」


「……本来なら不敬罪で死に値するんだがな?お前の勇気?とやらに免じて解放してやろう」


 男が指でリコを弾くような動作をすると、リコの身体が氷が解けたように動けるようになる。

 リコは何が起きているのか理解できず周りを見渡し、レンの無事を確認する。


「レン君、大丈夫ですか!?」


「うん……オレ、このヒトと戦うから……サクラさんのこと頼んでもいい……?」


「いえ……私も一緒に戦います」


 レンは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてリコを見ると、リコ自身も男の魔力を感じ取って身体を震わせていた。

 リコ自身、魔力を突破されるなんて事は人生で一度もなかった。

 今目の前にいるのは間違いなくリコの魔力の数十倍を持っている化け物である。

 そんな化け物級の相手を目の前にして恐怖が無いわけではない。

 リコの気持ちは以前のものと違い、純粋なものだった。


 レンと一緒に戦いたい。


 ただそれだけである。

 レンはリコの決意が自己犠牲でない事を目を見て確認する。

 レンは右手でリコと手を繋ぐ。

 するとレンの魔力が急激に活性化したのだ。


「な……なんで……!?」


「分かりません……。ですが、レン君の魔法……でしょうか?レン君の魔力に当てられた魔道具が活性化してます。一撃で決めるので、ご一緒にお願いしていいですか?」


 リコの提案にレンは困惑する。

 魔道具は一人で扱うものであり、複数人で使うときは起動用魔道具を複数設置する。

 レンの作った魔道具も複数の起動を想定していない。

 そもそも、紋章も一人で扱う前提のものだ。

 無理やり二人で使ったとしても詠唱の打ち合わせや紋章の大きさが小さいせいで不発に終わってしまいそうだと感じていた。


「大丈夫です。レン君の作った魔道具なら、必要に応じて大きさが変わるのではないでしょうか?安心して任せて欲しいです」


「わ、わかった……!詠唱はどうしようか……?」


「それならばレン君は風の元素魔法をお願いします。私は水の元素魔法でレン君に合わせます。もう、分かりますよね?」


「……!」


 なぜだかレンはリコのやろうとしていることが手に取るようにわかる。

 リコは男に対して【氷結】の魔法をぶつけるつもりだ。

 ――意外と根に持つタイプ……なのかな?

 リコは男から受けた【身体を凍らせる魔法】の仕返しをするつもりだと理解する。

 ――うまくいく保証なんて無い……。でも、やられっぱなしはもう無しだ……!それに……オレが、リコさんを引っ張る!

 レンは魔道具の杖を二本取り出し、【水】の魔道具をリコに渡す。


「行くよ……リコ!」


「はいっ!」


 二人は手を繋いだまま、男に向かって杖を向けて魔力を活性化させる。

 男の余裕な表情は一切崩れることなく、レンたちの攻撃を受け入れる体勢をとる。


「『大風よ、恵みの水の温度を奪え!』」


「『大風にて冷やされた水よ、我が敵を氷華に包み込め!』」


 レンの瞳に大きな水の紋章と小さな風の紋章が浮かんでみえる。

 リコの紋章は床から天井までの大きさで非常に大きいが、レンの紋章はその四分一の大きさしかなかった。

 ――これじゃあ、絶対に【氷結】なんて出来っこない……!オレの魔力が……魔法が弱いから……!

 レンは悔しさを滲ませ、力を振り絞るが変わらない。

 その時、リコがレンの魔道具と自身の魔道具を入れ替える。


「レン君は水の魔法を維持してください!私が風の魔法を展開します!」


「リコさん……ゴメン……!」


 レンはリコと繋いだ手をギュッと握りしめると、風の紋章が八個に増えていた。

 あまりに突然のことでレンは驚いていると、リコも繋いだ手をギュッと握り返す。


「行きます……!」


 レンとリコの魔力がごっそり減っていく。

 部室棟の大半を凍結させ、魔工部の部屋の半分も凍り付く。

 そして、男は大きな氷塊の中に封じ込めたのであった。

 まるで冷凍庫のように凍りついた部室でレンは魔力の大量消費で吐き気に襲われていた。

 活性化していた魔力は身を潜め、普段のレンに戻っていた。

 リコもまた、頭を抱えて魔力消費の後遺症に耐えていた。

 二人で発動させた【氷結】の魔法は本来の威力を遥かに凌駕しており、季節外れの凍結を引き起こしていた。

 サクラは二人の元へ駆け寄り、レンの様子を見る。


「レンくん、大丈夫!?これ、美味しくないけど魔力が少しだけ回復する木の実を食べて?……リコちゃんも、食べなさい?」


 レンは魔力が回復するといわれる木の実を受け取り、口の中に入れる。

 それは酷い味だった。

 苦味と渋み、そして後味が少し辛いという美味しくないのオンパレードである。

 木の実を食べた二人は食べた事を後悔するが、確かに魔力が回復したことで後遺症が治る。

 そして、男を凍らせていた氷が砕け、三人は戦慄するのだった。

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