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仲直り

 教室は静寂に包まれていた。

 サクラとサムが去った後、残されたのは重い空気と、向き合う二人の影。

 レンはリコを鋭く見つめ、リコは視線を耐えきれず、顔を引きつらせて震えた。

 ――嫌われた。また、間違えてしまった……。

 リコは絶望に顔を歪め、膝を抱えて床に座り込んだ。

 呼吸が荒くなり、視界が揺らぐ。

 過去の嘲笑や冷たい視線が脳裏をよぎり、彼女を飲み込もうとする。


「リコ!」


 メリルの声が響き、リコの意識を引き戻した。

 気を失わずに済んだ彼女は、メリルの横長の瞳孔を見つめる。


 ――心の傷か……。トラウマ……だろうな……。


 メリルはリコの瞳に宿る想いを読み取った。

 心の傷は魔法では癒せない。

 【治癒】の魔法は細胞を活性化させて治癒する効果の為、心には効果がないのだ。


「レン、怒っているのは分かる。気が進まなくても、話を聞いてくれるか」


「……先生がそう言うなら」


 レンは不満を顔に浮かべつつ、耳を傾ける姿勢を見せた。

 メリルはリコに向き直り、口を開く。


「リコ。レンのために尽くしたいというお前の気持ちは素晴らしい。献身的で、純粋だ」


 ――結局、仲直りの話じゃん……。

 レンは内心で舌打ちし、メリルの意図をそう解釈した。だが、メリルの言葉は続く。


「だが、道具として自分を差し出すのは違う。リコ、お前は野狐族だ。確かにいろんな噂を立てられて卑屈になるのもわかる。だが、レンはお前を道具ではなく、【リコ】というヒトとして見てくれている。それなのに、自分を道具だと貶める言葉を聞いて、喜ぶと思うか? お前は役に立てて満足かもしれない。だが、レンは決して嬉しくない。そうだな、レン」


「えっ?……まあ、そうですけど……」


 突然話を振られ、レンは戸惑いながら頷いた。


「レンが怒ったのは、お前を大切に思うからだ。道具扱いなんて、絶対にしたくないんだ」


 リコの目が揺れる。

 唇を噛み、腹の底から声を絞り出す。


「私は……それでもいい! 野狐族は裏切り者の血筋。ハブられても、いじめられても……。役に立てれば……使い捨てでも……グスッ……。私なんか、そんな価値しかない!」


 その瞬間、レンの手が動いた。

 彼はリコの肩を強くつかみ、正面から見つめた。


「やめてよリコさん!オレはそんな言葉聴きたくないっ!」


 教室に響く声は、悲しみに震えていた。

 リコは驚き、言葉を失う。

 レンの瞳には涙が浮かび、握りしめた拳が震える。


「ごめん、リコ。俺、受け入れられない。君のその考え、間違ってる」


 突き放されてしまったと受け取ったリコは立ち上がり、教室を飛び出した。

 メリルは追わず、廊下に待機していたサムに指示を飛ばす。


「サム! ルゥに学園の防御結界を強化しろと伝えるんだ!誰も外に出すな!」


「了解! じゃあ、サクラ、また明日!」


 サムは窓を飛び越え、競技場へ向かった。

 サクラは一瞬レンを気遣うが、リコの匂いを追うことを決める。

 ――レンくんは先生が何とかしてくれる。リコを追うのが先……よね?

 犬族ほどではないが、サクラの鼻は鋭い。リコの残り香を辿り、彼女は走り出す。


 教室に残されたレンとメリル。レンは床を見つめ、涙をこぼす。


「グスッ……」


「レン。リコの言葉、許せなかったんだな」


「……いじめられてきたのは、俺も同じだ。だから分かる。リコの気持ち、痛いほど分かる……。だから俺はリコを道具になんてできない! リコと一緒にいるから、毎日が楽しいんだ。リコだから、俺は何でも話せた!」


 レンは感情を爆発させ、涙を流す。メリルは彼の頭を胸に引き寄せ、背中を撫でる。


「お前はリコを本当に好きなんだな」


「……えっ? な、なんで……!?」


 レンは慌ててメリルから離れて狼狽えていた。

 メリルは笑みを浮かべ、続ける。


「お前たちの気持ちは見ていて分かる。お前はリコの事が好きで守りたい。一方リコはお前のことが好きだから、お前に役に立ちたいと考えているんだよ」


「えっ……って、リコが俺のこと!?」


「気づかなかったのか?前にも言ったような……あれは匂わせただけだったか。……あの子、お前にゾッコンだ。以前にお前が助けてくれたことが、よほど嬉しかったんだろう。さしずめ、私はお前たちのキューピットってところかな」


 リコの好意を知り、レンは衝撃を受ける。同時に、彼女の肩を掴み、怒鳴った自分の行動を悔いる。


「もうダメだ……リコに嫌われた……」


「逆だ。嫌われたと思ってるのはリコの方だ。今日は私に任せて、明日、キチンと仲直りしろ。リコは私が鎖で縛りつけてでも部活に連れていく」


「あはは……分かりました……」


 メリルの発言は容易に想像でき、苦笑いを浮かべる。

 教室にはレンは一人残される。

 ――今。今しかないんだ……!

 覚悟を決め、学園内を走り、リコを探し始める。


 一方、サクラはリコの匂いを追って学園の裏庭にたどり着く。

 そこには、膝を抱えて座るリコの姿があった。


「リコ!」


 サクラの声に、リコは顔を上げる。

 涙で濡れた目が、サクラを見つめる。


「サクラさん……どうして……」


「突然教室を飛び出すから、驚いたわ。……どうしてそうなったの?」


 リコは唇を震わせ、言葉を絞り出す。


「私は……レン君に嫌われたくなかった。ただ、役に立ちたかっただけなのに……」


 サクラはリコの隣に座り、優しく肩に手を置く。


「レンくん、道具扱いするのが嫌だったんだよ。って先生も言ってたよね……。なんて言うか……アタシはレンくんがいじめられてるの見てたから、もしかしたらアンタのことと自分のこと、重ねちゃったんじゃない?」


 リコの目から新たな涙がこぼれる。サクラは続ける。


「野狐族の過去、聞いたよ。でもさ、あなたはあなたでしょ?レンくんはその辺はしっかりと分けて考えてくれてるんじゃない?だって、一度も『野狐族だから〜〜だ!』なんて言ってないでしょ?」


 リコはハッとし、顔を上げる。サクラの言葉が、彼女の心に小さな光を灯す。


 その時、裏庭にレンの声が響く。


「リコさん!」


 レンは息を切らし、リコを見つける。

 サクラは立ち上がり、二人にスペースを譲る。

 犬族や親類ではないレンに何故リコを探し出せたのかサクラは不思議に思うが、仲直りをさせることに専念する。


「ほら、早く話しなさいよ!アタシだって、ギスギスしたままの部活なんて嫌だからね?」


 サクラの言葉に思わず苦笑いしてしまう。

 レンはリコに近づき、膝をつく。


「リコ、ごめん。オレ……怒りすぎた。リコさんの気持ち、全然考えてなかった……」


 リコは目を伏せ、震える声で答える。


「レンくん……ごめんなさい。私も自分のこと道具とか、言わなきゃよかった……」


「違う!そんな風に思うのが、オレが嫌なんだ!リコさんはオレにとって、ただの道具なんかじゃない。オレはリコさんの……」


 レンは言葉を切り、深呼吸する。


「君が一緒にいてくれたから、毎日楽しいし、もっと強くなりたいって思えるんだ。だからこれからも一緒にいて欲しい。リコさんと一緒ならどんなことも乗り越えられる気がするんだ」


 リコの目が大きく見開く。

 彼女は初めて、自分の存在が誰かに必要とされていることを感じた。


「明日も……部活に行って良いですか?」


「もちろん。ね?サクラさん」


「……あ、当たり前じゃない!」


 リコは嬉しそうな顔で立ち上がり、涙を拭う。

 【太陽】が夜を迎える中、密かに防御結界が強化されたのだった。

 三人は寮へと続く廊下を歩いていると、レンは少し緊張していた。

 ――危なかった……。思わず好きって言いそうになっちゃった……!

 想いを吐き出せば楽になれるとは思いつつ、まだ心にしまっておく事にしたレンなのであった。

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