また日常に
レンの目覚めはとてもよかった。
地べたや荷台で眠るよりもベッドの方が数倍、数十倍は寝心地がいい。
軽めの身支度を済ませ、訓練所へと足を運ぶと既に先客がいた。
オクトだ。
レンはオクトの訓練を少し見学したいと思い、離れたところに座る。
器具を使った単純な筋力トレーニングが備わっている施設だが、オクトがいる場所は戦闘訓練スペースであり、攻撃をするのではなく、『攻撃を捌く』事に特化したブースであった。
魔道具のスイッチを押し、カウントダウンが告げられる。
その間にオクトは魔力を全身に沿うように流す。
「魔力纏い……。すごく滑らかだ……!」
『プロフェッショナルモード スタート』
開始の合図と共に魔道具から大量の球状の物が発射される。
「!?」
レンは目を疑う光景を目の当たりにした。
オクトが全ての球を手や足を使い、撃ち落としていた。
顔面と足元を同時に狙ってくるような意地悪な攻撃に対しても、空中で身体を翻して次々と撃ち落としていく。
一秒間に三十球程撃ち込んでくる魔道具は追撃性能もあり、オクトのいる場所を的確に感知して攻撃する。
「右……また右……脚と左手……あ、背中からも……!?」
猫族故の動体視力で球の出所は全てレンでも追えていたが、身体が素直に反応してくれる訳ではないので、自在に動かす事ができるオクトを憧れの目で見つめる。
そして、レンはもう一つのことに気がついた。
オクトは魔力凝縮を使い、素手と素足で捌いていたのだった。
現役の調査隊かつ魔法技術士の実力を目の当たりにして自身も同じように出来るようになるのかと不安にもなる。
『ミッションコンプリート。……ゴエイタイショウヒガイ……ゼロ。エネミー……オールクリア。パーフェクトゲームデス。オメデトウ』
突然終了した戦闘訓練は訓練結果を音声で告げた。
それはプロフェッショナルモードと呼ばれる機能についているもののようで、ただ攻撃を捌くだけでなく護衛対象を護り、かつ敵を撃破するものだった。
しかし、レンは分からずにいた。
攻撃を捌くのは見てわかった。
元に球はオクトの足元に転がっており、一度も壁やフェンスに当たっていない。
護衛成功というのは一目瞭然だったが、いつ攻撃したのか?だった。
訓練ブースから出てきたオクトを見て、レンは駆け寄る。
「おはようございます!今の凄かったです……!あの……一個質問があるんですけど、良いですか?」
「おや?おはよう。昨日帰ってきて、もう動けるのかい?若いっていいねぇ。質問なら一個でも二個でもいいよ?」
オクトはレンの回復の速さに羨ましさを感じながら、ベンチに座り、レンも座るように促す。
レンは畏まった姿勢でオクトの方を向き、疑問を訊く。
「オクトさんの捌き、凄かったです……!あの、いつ攻撃したんですか?オレの目で全然そのように見えなかったんですが……」
「ああ……。魔力の【遠当て】の事だね。うーん……じゃあ、あそこに置いてあるサンドバッグを見ててご覧?」
オクトは人差し指を立てて魔力凝縮を行う。
狙いを定めてサンドバッグに向けて腕を振り下ろすと、『何か』がサンドバッグに直撃し、殴ったような音を響かせる。
不可視の攻撃を見てレンは目を輝かせてサンドバッグを見つめていた。
「【遠当て】は魔力操作の応用。その中でも使い手がほとんどいない。というのも実用化には程遠いんだ。でも、これを有効に使えるのはふく様とヴォルフ様、そんでカレンの三人が実践レベルで使えるんだ。オイラの攻撃はせいぜい仰け反らせるのが精いっぱいだな」
「そんなに難しいんですか……。じゃあオレには夢のまた夢、ですね」
「何を言っているんだ?キミみたいなヒトこそ魔力操作による戦闘術はたくさん持っておいたほうがいいはずだが?もう、カレンにコテンパンにされたのを忘れちまったのかい?」
レンにとって耳の痛い思い出を聞かされる。
実際、レンの使った紋章魔法による攻撃はカレンに当てることすら叶わなかった。
しかし、女王と王、カレンのみ実践的に使いこなしているものがいないというのは不安しか残らなかった。
レンが返答に迷っていると、肩をポンポンと叩かれ顔を上げる。
「オイラ達には魔道具があるだろ?疑似的にできるんなら、それに挑戦してみるのもいいんじゃないか?」
「お、オクトさんは挑戦しないんですか?」
「オイラは疑似的には作り出せたよ。でも、自分しか使えないからまだまだ。素材が上手くいけば……なんだが見つからなくてね。若いなりの工夫がみられることを期待しているよ。んじゃ、オイラは帰るよ」
オクトは出口から歩いて出ていき、レンは一人たたずむ。
ふと目に入った訓練ブースにお試しで入ってみることにした。
『ナンイドヲセッテイシテクダサイ』
「えぇっと……とりあえず初級にしてみよう……」
初級を示しているボタンを押し、開始ボタンを押す。
『ビギナーモードヲカイシシマス。イチニツイテ』
オクトのやっていたプロフェッショナルモードと違い、丁寧に案内がされる。
レンは所定の位置だと思われる目印の上に立ち、魔力を放出させる。
『マリョクヲケンチシマシタ。 ソレデハハジメ!』
開始の合図とともに正面の発射口から一つの球がレンにめがけて飛んでくる。
明らかにオクトの時よりも球速が遅いものの、レンの拳より大きいものが飛来してくると流石に避けてしまう。
――しまった!逃げるんじゃなくて撃ち落さなきゃ……!
レンは魔力纏いを再び展開し、右から飛んできた球を腕で受け止める。
しかし、予想以上の重さでレンのガードは崩され、胴体にダメージを負う。
「いっっっって……!?わわっ!ちょ……!?」
オクトは難なく受け止めていたのは魔力纏いではなく魔力凝縮である。
防御力に差があってしまえばガードが崩されてしまうのも仕方がない。
あとはもう散々な結果で終わってしまうのだった。
レンは重たい足取りの中、朝食を済ませ、教室に入る。
訓練を多くしてしまったことで、授業時間が迫っており、クラスメイトのほとんどがすでに着席していた。
良くも悪くも、レンは国を離れた場所に行っていたため、クラスメイト中の視線を集める。
その中でサクラが飛び出し、レンの前に立つ。
「おっす!レンくん、元気?」
「お、おっす?何とか元気だよ?」
「今日からまた訓練が始まるけど、頑張ろうね!」
「うん……!オレも負けないように頑張るよ……!」
サクラは拳を突き出し、訴える。
レンは少し嬉しそうな表情を浮かべて拳を突き合せた。
それを見ていたハウルは対抗心を燃やしてレンを睨みつけるのだった。




