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実戦派

 ――怖い……!けど、やらなくちゃ……!

 レンは自分の身長の五倍ほどの高さを持つ魔獣に向かって走る。

 レンの素早さなら魔獣の攻撃はまず当たらない。

 一番警戒しないといけない事は鼻息や脚で踏みつけた時に発生する風と衝撃波である。

 直撃してダメージがあるわけでもないが、小さく身体の軽いレンにはどれもがノックバック付きの攻撃となるため厄介だった。

 カレンに教わった【魔力凝縮】による攻撃を試みようとするが、四つの脚と尻尾を器用に使い、レンの接近を許さなかった。

 お互い一歩も引かない状況にレンが息を大きく吐くと、魔獣の目の前に五人の人影が現れる。

 サクラの魔法だ。

 彼女の【幻惑】魔法で分身体を作り出し、魔獣に対し、嫌がらせ程度の魔法を当てていく。

 魔獣といえど目玉に直接水を掛けられると悶えるものだ。

 レンはその隙を見逃さず、跳躍し、一気に間合いを詰める。


「『我の両腕に剛力を与えよ!』」


 レンの両腕が紅い蒸気のようなものに包まれ、魔道具を握る手が力強くなる。

 【強化】という付与魔法を魔道具に仕込んでおり、棒状の魔道具には遠心力を活用しやすいようにツルハシ状になっていた。

 レンは悶える魔獣を踏み台にし上空へと飛び上がる。

 空中でクルリと身体を捻り、魔道具を振り翳して落下する。

 魔力凝縮の技術を応用し、魔道具にレンの魔力を集約させ、魔獣の脳天に目掛けて振り下ろすと頑強そうな皮膚を易々と貫き、頭蓋骨を割る音を岩石地帯に響かせた。

 レンの一撃は魔獣にも通用し、サポートがあったとはいえ巨躯の魔獣を屠る事ができた。

 魔道具を引き抜き、魔獣から飛び降りると大きな影がレンはを覆う。

 見上げると先ほど倒した魔獣がレンに目掛けて倒れてきていたのだ。

 魔力凝縮による疲労で脚がもつれてしまい転倒し、レンは絶望する。


「レンくん!?」


「サクラさん離れてください!」


「ちょ……!」


 レンを助けようとしたサクラをリコが引き留め、魔獣に向けて手を差し出す。


「『唸りを上げる烈風よ、親しき者を守る大楯で包み込み、仇なすものを全て吹き飛ばせ』」


 眼前に迫ってきた魔獣の体に思わずレンは身を縮めて丸くなる。

 やってくるはずの衝撃はいつまで立っても訪れず、恐る恐る目を開ける。

 ――即死、じゃないよね……?

 視線を正面に向けると魔獣はレンに直撃する数十センチ手前で見えない壁に阻まれており絶妙なバランスで浮いていた。


「レン君!今のうちに離れてください!重たいので長く持ち上げることができないです!」


 リコの言葉に我に返ると、安全な位置にまで離れる。

 すると、リコの魔法は効力を失い、魔獣の体が地面を揺らしながら倒れる。

 レンは肩で息をし、その光景を見ているとレプレが拍手をしながら駆け寄る。


「すごい!やっぱりカレンちゃんの言う通り、キミは骨のある子みたいだね!一撃で急所の脳天をかち割るのは中々見ることができないよ!」


 銀色に輝いていた髪の毛はだんだんと色素が戻っていき、青みがかった黒色になる。

 黒い槍をクルクルと振り回すと、一瞬の内に魔獣は毛皮と肉、骨に分けられていた。

 あまりの手際に三人は驚きのあまり魔獣を倒した喜びを忘れていた。

 黒い棒は元の長さに戻り、腰に戻すと背伸びをしながら呟く。


「ウチは食べないんだけどね」


 ――草食獣人だもんね。

 ――草食だからでしょう。

 ――本当に稽古をつける感じに倒させたんだ……。

 レプレはそういう風に思われている事を気にもせず、洞窟内に入っていく。

 レンはそれに続いて入ると、流石魔獣の巣。

 四人が入っても十分な広さで、全員が大の字に寝転がっても余りあるスペースである。


「さ、肉は外で焼くよ!今日はウチが見張りをするからしっかり食べて、寝ること!」


「「「はいっ!」」」


 レンは薪用の木材を集め、リコは地面に紋章を描く。

 サクラは肉を食べやすい形に切り分け、簡易的な串を枝で作り、刺していく。


「よし、リコさん火をつけてもいいよ!」


 薪を井桁状に組んだせいもあり、キャンプファイアのようになっていた。


「『燃え上がる火炎よ、我らの道標を灯せ』」


 種火用の枝に火を灯し、徐々に火力が上がっていく。

 パキパキと音を立てて燃える炎をリコが眺めているとレンが傍に寄る。


「もう、コントロールできるようになったの?」


「私が描いた紋章はあの威力しか出ないのです。やはり、レン君の魔道具のように力を出すには描き方を工夫しないといけないようですね」


「……あんまり、変わった事はしてないんだけどなぁ。でも、リコさんが火の元素魔法使えてよかったよ!オレ、水の心配しかしてなかったから、紋章を覚えてきてないんだよね……。あはは……」


 自身が勉強不足であることをカミングアウトし、乾いた笑いで誤魔化していると、リコはレンの手を両手で包み込む。

 真剣な眼差しを送るリコの表情を見て、一度だけ心臓が跳ねた気がした。


「全てレン君が引き受けなくても良いんですよ?みんなで一つを達成するのも、道の一つです」


「そうだね……!ありがと、リコさん」


 二人は再び火を眺める。

 目だけでリコを見ると、彼女はじっと火を眺めているだけだったが、その横顔が美しく感じた。

 レンはそっと手を出し、リコの手に触れた瞬間――。


「ちょっとー?アタシもいるんですけどー。肉焼くの手伝って欲しいんですけどっ!」


 頬を膨らませ、抗議するサクラを見て瞬時に手を引く。

 誤魔化すように立ち上がり、レンはサクラの方へ走っていく。


「ご、ごめんごめん!オレも一緒に焼くよ!危ないし」


「助かる〜!」


 そんな光景を見ていたレプレはリコの隣に座る。

 彼女は少し意地の悪そうな表情で笑うと、リコは露骨に嫌な顔をする。


「今、あの子の手が触れて嬉しかったでしょ?」


「っ……!?」


「いいなぁ。ウチはもう番になってるから、そんな甘酸っぱいものは無いけど、今ぐらいしかこういうこと出来ないから、たくさん経験することをお姉さんはオススメするよ!」


「……私は結ばれる事はないですよ。野狐族だから……」


 リコは少し悲しそうな表情で俯き、自身の出自を憎んでいた。

 レプレはそんなリコを見て「そんな事ないけどなぁ〜」と言って再び見張りに戻っていく。

 リコは光を失っていく【太陽】を眺め、誰にも気づかれないようにため息を吐くのだった。

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