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幻惑の真髄

「レンくん大丈夫!?」


 サクラは巻き起こった砂埃に向かってレンの名前を叫ぶ。

 

「こっちは大丈夫だから今のうちにお願いっ!」


「でも……!」


「特級クラスに……学園のみんなにオレの魔道具を見せつけてくれるんじゃないの!?」


「……わかった。足止め任せたからね!」


 サクラはそれだけ伝え、特級クラスの陣地にある魔道具を奪いに感知網のギリギリまで迫る。

 サクラは二つの魔道具を装着し、目を閉じて詠唱を行う。


「『惑わしの姿よ、代わる代わる入れ替わり、敵の目を欺け』」


 サクラの分身が六体現れ、構える。

 部室で使ったものと違い、分身はサクラの意志で動かす事ができ、それぞれバラバラの動きをする。

 高度な魔法であるため、魔力の消費量は激しい。

 それでも彼女の魔力は中等級クラスの中では上級クラスに近い量を持っているため他の魔法を行使する余裕がある。

 サクラは意を決して特級クラスの感知網の中に入る。

 それも特級クラスの選手を囲むように六方向から同時に侵入した。

 サクラは敢えて特級クラスが向かった方へ本体を移動させ、相対する。


「特級クラスの方々、よく見破れましたね」


「あんなの簡単に決まってるじゃない!貴女たちには出来ないでしょうが、魔力による探知は魔法ですら欺けないのよ!さっさと跪いて降参しなさい!わたしたちはあんなバケモンと対決なんてしたくないのよ!」


 犬の獣人クォンがそう告げるとサクラは鼻で笑う。

 その意図を理解できず、彼女たちは眉間に皺を寄せ、明らかに不機嫌な表情をする。


「なにがおかしいのよ!」


「オカシイに決まってるもの。だってアタシの相方が一人で聖騎士様を足止めしてるもの!聖騎士様に怯まずに、どっかの特級クラスの人と違って勇敢だわ!」


 虎の獣人ライが手の骨をパキパキと鳴らしながらサクラに迫る。

 怒りに満ちた表情でサクラを見下す。


「もういっぺん言ってみなよ……!」


「何度でも言ってやるわよ!中等級の男子に比べて特級クラスの女子は腰抜けよ!」


「図に乗るんじゃないわよ!」


 ライの大振りの一撃は地面を抉り飛ばしていた。

 サクラは攻撃の体勢に入った瞬間に回避していた為、攻撃は受けなかったが、「ただの魔力を込めたパンチ」で抉り飛ばした地面を見て笑顔が引き攣る。

 当たったらひとたまりもない。

 この情報だけ分かるとサクラの戦い方が変わっていく。

 サクラが分身を含めて三人になる。


「アタシの本気、見せてあげる。アンタなんかに負けたりしないもの」


 サクラは魔力を纏い、攻撃の体勢に移った。

 込めた魔力を魔道具に注ぎ込み、詠唱を開始する。

 本体はライに迫り、分身がそれぞれ水と風の魔法を発動する算段だ。


「『唸れ烈風!我が剣に宿りしその力を解放し、かまいたちの如く切り刻め!』」


「『大いなる水よ、荒れ狂う流れを巻き起こし、飲み込ませろ!!』」


 ライの足元を激流が押し寄せ、足元を掬おうとするが、特級クラスの魔力を持つ彼女に届かず、彼女だけを避けるように水が流れる。

 それでもサクラは風を纏った短剣型の魔道具でライを斬りつけようとした瞬間、強烈なカウンターがサクラを捉えた。

 しかし、それは幻影であり、ライは体勢を崩す。


「それを待ってたんだよ!」


 懐に入っていた幻影から声が発せられ、ライの表情が強張る。

 サクラの肘鉄がライの腹部にクリーンヒットし、膝をついて蹲る。


「ぐ……!?」


「アタシの魔力は確かにあなたたちに比べたら少ないわ。でもね、魔法のことになればアタシの方が上手だったみたいね」


「……認めない……っ!中等級クラスに負けるなんて……死んだ方がマシだわ……!」


 ライは立ち上がり、目の前のサクラの幻影を消し飛ばす。

 幻影は無くなり、サクラ一人になってしまう。


『東チームの魔道具が奪われました。東チームの魔道具が奪われました』


 特級クラスの魔道具が奪われた警告音声が流れ、二人は目を合わせる。


「あなたが魔道具のそばにいれば勝てるんじゃなかったの?ライ」


「クォンが魔法で加勢しないからこんな事になるんじゃない!わたしだけのせいにしないでよ!」


 ライとクォンは互いの責任だと擦り付け合う。

 それを尻目にサクラは魔道具を持っていく。

 サクラは幻影間の移動ができるという利点を最大限に活用したものであり、ライに対して煽った時にはすでに分身体が魔道具の側にたどり着いていた。

 サクラはライとクォンの魔力探知の範囲を最小限にする為に態と正面からライに挑んでいたのだ。

 そして、魔道具を運んでいるのはサクラ本体である。

 幻影は物が持てないという弱点を持っているため、こればかりは本人がやる他ない。

 これ程まで【幻惑】魔法に翻弄されるとはライもクォンも思いもしなかった。

 捲し立ててくるライを他所に、クォンは魔力探知を広げる。

 そして、逃げるサクラを捕捉すると詠唱を開始する。


「『大地の化身よ、我の怒りに応え鉄槌を下せ!』」


 そっと地面に手を置くと各地にバラバラに逃げていた幻影ごとサクラを攻撃した。

 【幻惑】魔法の弱点その二。

 範囲魔法による全体攻撃に弱い。

 クォンはそれを知っていた為魔道具が取られた後、冷静にいられたのだ。

 サクラは最初の攻撃に体勢を崩され、前のめりに転げそうになった所を岩槍が腹部を直撃する。


「グッ……!?ゴボッ……!」


 魔道具を落とし、腹部に強い衝撃を受けたことで上からも下からも色々なものを出してしまう。

 ――骨……逝っちゃってるかも……!?

 そのまま地面に転がり落ち、激痛に耐え、地面を這いながら魔道具に手を出した瞬間その手を踏まれ、髪を掴まれ、鋭い爪が眼前に構えられる。


「終わりだ!ナメた真似しやがって……!」


「よくも特級クラスをここまでコケにしてくれたわね」


「そこまでだ」


 岩の影から声が掛かり、三人は振り向くとメリルが立っていた。

 すでに戦闘体勢に入っているメリルの魔力に当てられたライとクォンはサクラから手を離し、魔力を抑えて一歩下がる。


「サクラ。残念だがここまでだ。保健室へ連れていくからな」


「ぐっ……ひぐっ……!レンくん……ゴメンッ……」


 サクラはレンに謝りながら意識を手放した。

 そして、同時にレンもリタイアとなるのであった。

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