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王族の玉藻様

 玉藻というキツネの女性は非常に整った顔立ちをしており、レンは思わず見惚れる。

 近衛師団の制服を着た彼女は氷狼ヴォルフの配下であることを示している。

 六本の尾はそれぞれ自由に動き、厚めな制服の上からでも豊かな胸の大きさを測ることもできた。

 じっと見つめているとレンは不思議なものを目にする。

 玉藻の周囲を緑色と青色の光がクルクルと周回していた。


「あれ……?なんだろう?」


 レンがそっと手を光に近づけようとした瞬間。


「ダメッ!」


 玉藻がレンの手を思いっきり叩き落とした。

 突然のことでレンとメリルは呆然としていると、玉藻は深々と頭を下げる。


「驚かせてごめんなさい。あなたが手を伸ばしたところに精霊がいて、もう少しで噛まれて指がなくなるところだったんで……」


「レン……。不用意に手を伸ばすんじゃないぞ?」


「ご、ごめんなさい!……ここに緑の光と青の光がぐるぐる回ってるんで、何かな?って……。あれが精霊だったんだ……」


「「!?」」


 メリルと玉藻はレンの発言を聴き、二人揃ってレンを見つめる。


「レン……お前、今なんて……!?」


「まさか、精霊眼の持ち主ですか……!めえ様、彼が噂の【召喚】魔法の持ち主ですか?」


「いや、この子が例の子ではなくてな……。レン、お前の目は精霊すら見れるのか……?」


「見えてる……のかな?今も青の光はぐるぐる回って、緑の光は……縦に震えてる?」


「それ、シルフが笑ってますね。めえ様、彼はまだ拙いですが精霊眼の持ち主ですよ」


 興奮した様子の玉藻はそう告げるとメリルは頭を抱えて悩み始める。

 玉藻はレンに近づき、鼻が当たりそうな程近く顔を寄せてレンの瞳を見る。

 青色に輝くレンの瞳を見てニコリと微笑む。


「間違いないです。レン君?でしたっけ。あなたは訓練を積めば精霊が見えるどころか、会話ができるかもしれません。そうすれば、【召喚】魔法の持ち主が精霊と会話できる、ではなく精霊眼を持ったヒトが精霊と意思疎通ができるという事。そして、偶々【召喚】魔法を持ったヒトが精霊眼も持っていたということになります」


「それだと、【召喚】魔法の価値が下がったりしないですか?」


「大丈夫ですよ。【召喚】は精霊と契約する魔法ですから」


 レンはその意味を理解できず首を傾げる。

 口元に手を当ててくすくすと笑うと、玉藻はレンに目線を合わせるために屈む。


「精霊眼だけでは精霊の魔法は行使できません。【召喚】によって契約された精霊の魔法を貸してもらうのが【召喚】魔法なので」


 レンは初めて思い知った。

 魔法に詳しいメリルが【召喚】魔法は詳しくないという意味が。

 レンの中では【召喚】は精霊を使役し、戦わせる魔法だと思っていた。

 本質は違い、精霊と契約する事で精霊の魔法を借りるといったものだったのだ。

 レンは真実を確かめたくなり、玉藻の手をとって見つめる。


「あの……!精霊の魔法を見せてもらいたいです!」


「レン!」


 メリルはレンの手を振り解き、行動を叱る。

 一方玉藻はクスリと笑い困った顔をする。

 

「あらあら……。積極的な方、ですね。うーん……無駄に使って精霊を怒らせるわけにはいかないので、見せてあげられないのですよ。魔力も使わせてしまうので」


 レンはそれを聴き、ポケットから紙を複数枚取り出し、机の上に広げる。

 それは全て紋章が描かれており、三枚とも風属性の紋章だった。


「精霊が負担にならないように紋章を持ってきました!これを使って風を起こしてほしいです!」


「あら?めえ様、この子に紋章魔法教えたのですか?」


「そうなんだが……。レン落ち着くんだ。あまり玉藻様を困らせないでくれ……」


「わかりました。シルフも了承していますので使ってみましょう。この大きさではそよ風しか吹かせられませんが」


 玉藻は紙を一枚手に取り、祈るように手を合わせる。


「『風の精霊シルフ、我が声に答えよ。この部屋の淀んだ空気を清浄なものへと変え、心を落ち着かせる風を与え給え』」


 レンの瞳に緑色の光が強く映し出された瞬間、部屋の空気が気持ち軽くなり、心地の良い風が部屋を循環していた。


「あの。オレの描いた紋章はこのくらいの威力しか出せないんですか?」


「ええ。紋章魔法は威力を上げようと思ったら大きいものを描くのがいいですよ。その場合は地面に描くか、魔力で空中に描くかになりますが」


「やっぱりだよ先生!リコは一度に複数の紋章を使って、大きな威力の紋章が使えるんだよ!」


「??」


 玉藻は首を傾げ、レンは興奮したようにメリルに証明すると、ドスッという音を頭に響かせた。

 ゲンコツが振り下ろされていた。

 その光景を見た玉藻はメリルの表情に恐れをなして震えていた。

 そのメリルの表情は大層険しく、反抗するものはすぐさま粛清するぞと言わんばかりの形相だった。

 レンは命の危機を感じ、姿勢を正して小さくなる。


「バカモノ!誰が王族を検証材料にしても良いと言った!不敬にも程があるぞ!」


「ご、ごめんなさいっ!!」


「ま、まあまあ。何かわかったようで良かったじゃないですか」


「玉藻様までも……全く……」


 メリルは呆れたように手を腰に当てると玉藻はレンの肩をポンポンと叩き、不問だと目で合図する。

 レンは恐る恐る顔を上げると呆れた表情のメリルと目が合い、再び伏せてしまう。


「レン」


 名前を呼ばれ、ビクッと肩震わせる。

 先程の叱責が相当堪えていたようで、メリルの表情が焦りのものへと変わっていく。


「レン、もう怒ってはいないから!大きな声を出してしまったことは申し訳なかった」


 メリルは深々と頭を下げると今度は逆にレンが慌てる。

 

「せ、先生は悪くないです!お、オレが調子に乗ったのが悪かったので……。本当にごめんなさいっ!」


「はい、二人共反省したのでおしまいですよ?」


「「はい……」」


 レンは玉藻の懐の深さに感謝するのであった。

 玉藻は顎に手を当てて独り言を呟く。


「う~ん……特殊な魔法の持ち主なら、ぜひ来ていただきたいのですが……」


 それを聞き取ったレンは恐る恐る口を開く。


「リコは自身が野狐族だから行きたくないって言ってました……」


「あぁ……そういうことでしたか。では、リコさんにお伝えいただけますか?」


 耳元でメリルに聞こえないように小さな声で呟く。

 レンはその伝言内容に驚きの表情が隠せなかった。

 

「……では、これでよろしいでしょうか?」


「時間を割いてくれてありがとう。ふく様にはきちんと謝罪する旨を伝えてもらえると助かる」


「わかりました。レンくん、また会う日があればリコさんもご一緒に来てくださいね」


「はいっ!」


 レンとメリルは深々とお辞儀をして王城から出るのであった。

 メリルはレンの方へと振り向いて困ったような笑みを浮かべる。


「リコの体調が戻ったらもう一度聞いてみようと思うが、どう思う?」


「それがいいと思います!正直、リコさんのほうがきちんと理解できると思ってました……あはは……」


「そうだな。学園に戻ったら、今日の反省文を書いて明日の部活動までに提出すること。いいな?」


「えぇ~……わかりました……」


 レンは王族と会話するという貴重な体験と【召喚】の詳細な内容を知ることができた反面、自身の迂闊な行動により苦い思い出も作ってしまったのであった。

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