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リコの初陣

 レンはリコの前に立ち、改めて魔本の説明をする。


「リコさん。魔法学に関してはリコさんの方がよく分かっていると思うから、詠唱の言葉は任せるよ?注意点は何回でも使えるわけじゃないって事を覚えておいて欲しいんだ。何回か試してみて結局三回くらい使ったら紙が朽ちてしまうんだ。同じページは三回まで、いい?」


「はい。一撃で決めてきます」


「え……!?」


 レンが突っ込む前にリコは一人で競技場の自陣に立つ。

 レンは不安になりながらリコの姿を見ていると観客席から声が聞こえてきた。


「リコってやつ、魔力は歴代最高の力を持ってるらしいけど、魔法が無いって噂だぜ」


「それって、決闘に勝ち目は無いんじゃないのか?」


「アイツの成績は魔法技能以外が満点だからな。少しは耐えてくれるんじゃないのか?戦闘訓練も一つもした事がないらしいし」


 レンはリコが魔法を持っていないことと訓練をしていない事は知っていたが、一人で送り出してしまった事を後悔する。

 リコの持っている物は生活魔法にしか役に立たない物である事。

 レンもそのつもりでチョイスしたオリジナルの魔本だ。

――こんな事になるなら、もっと強い紋章を入れとけばよかったのに……オレのバカっ!


「レン」


 メリルがレンの名を呼び、それに応えるようにメリルの元へ行く。


「リコの自信はどこからくるのか分かるか?」


「いえ……。あの中に入っている紋章はほとんど生活用魔法ばっかりだから……訓練もした事無かったらハウルに勝つのも難しいかもしれないです……」


「そうか。私はお前の魔道具が何か引き起こしてくれる事に賭けようかね?」


「そ、そんな!?奇跡なんて起きませんよ!」


 レンの必死な弁解にメリルはクスリと笑う。

 慌てるレンの頭をポンポンと優しく撫で、リコの方へと向く。


「奇跡が起きないなら、リコのための魔道具を作る。その計画と技術を磨くんだ。それがお前にできる事だ」


「は、はいっ!」


「両者位置について」


 リコとハウルは審判役の教師の指示に従い、立ち位置に着く。

 ハウルは相変わらず二振りの木剣を持ち、リコは本を閉じたまま持つ。

 お互いが立ち位置に着いた時、教師は競技場のグラウンドに魔法をかけていく。


「相手を死に至らしめる行為は禁ずる。また、雌雄の戦いだ。お互いへの配慮は怠らない事。よいな?」


 リコとハウルは頷くと教師は拳銃を模した魔道具を取り出す。


「ではこれより特級クラスリコと中等クラスのハウルとの試合を始める。審判はわたし、ルゥが務める。それでは……はじめっ!」


『パァンッ!』という乾いた音が響き渡り、歓声が湧き上がる。

 リコはゆっくりと本を開き、ページを捲ろうとした瞬間、ハウルが既に間合いを詰めていた。


「リコさんっ!危ないっ!」


 鈍い音が競技場に響き渡り、盛り上がっていた歓声が一気に静まる。

 ハウルの木剣はリコの急所に目掛けて振られていたのだ。

 そしてこの鈍い音。

 観客たちはリコが一撃で倒されてしまったと察する。

 審判役のルゥは走ってリコの元に行き、判定しようとするが、途中から歩き始める。

 ハウルの剣撃はリコから一メートル離れた所で止まっていた。

 どれだけ力を込めて押してもビクともしない透明の壁にハウルは堪らず距離を取る。

 リコは相変わらずゆっくりとページを捲っており、ハウルの苛立ちを加速させていく。


「『我の肉体の速度を早め、神速の如き一撃を与えよ!』」


 ハウルは【加速】の魔法を自身に放ち、リコの背後へと回り込み、アキレス腱に目掛けて剣を振るう。

 しかし、先ほどと同じように鈍い音を立てて剣撃は停止する。


「くっそ……!コイツなんて魔力量だ……!戦い方変えるしかない……!」


 リコが展開していたのは純粋な魔力の壁であり、ハウルはそれを突破できなかった。

 ハウルは木剣を捨て、両手に手甲をつける。

 魔力を昂らせ、それを両手に集める。


「うおぉぉぉぉっ!」


 ハウルは【加速】の効果を使い、真正面からリコの魔力の壁に向けて拳をぶつけていく。


「――っ!」


 魔力と魔力がぶつかり合い、流石のリコでも魔力の壁が削られていく。

 そして、ページを捲る手が止まる。


「ありました。うるさいです。離れてください」


 リコはハウルの事を鬱陶しそうに睨みつけ、魔力を解放させる。

 その魔力は嵐に匹敵する激しさで、ハウルは競技場の壁まで吹き飛ばされる。

 ルゥが放ったグラウンドを覆う魔法は観客席に魔法が広がらないように守る物であり、リコの魔力の圧力でギシギシと軋む音を立てていた。

 それは卒業生ですら経験した事のないものであり、固唾を飲んで見守る。

 リコはハウルを視界に入れ、詠唱を始める。


「『唸りを上げる烈風よ。大気の鉄槌を振り下ろせ』」


「!!ハウル、逃げろっ!」


「どういう事だ?!私に分かるように説明するんだ!」


「ハウルが……リコがハウルを殺してしまう!」


 レンの言葉が嘘ではないと察し、状況を読み取ると、黒い棒を取り出し、リコの元へ走る。


「……っ!ルゥ!!直ぐにハウルを守れ!」


 メリルの声を聞き、取り出した黒い棒を確認するとルゥは真っ直ぐにハウルの元に行き、二本の黒い棒を取り出す。

 それはメリルの持っているものよりもかなり短く、短刀の持ち手ほどしかなかった。

 黒い棒を両手に持ち、魔力を両手に集める。

 するとルゥの前腕付近に水色の半透明の板が現れる。

 両手に大楯のような格好であり、カンガルー族であるルゥは全身の筋肉を肥大化させ、上空を見上げる。


「せ、先生……!?」


「ハウル、先生の後ろで身を丸めておくんだ!」


「は、はひぃぃっ!」


 動こうとしたハウルを咎め、ルゥは来る攻撃に備えた。

 一方メリルはリコの魔法を止めようとせず、魔本を拾い、紋章を確認すると、風の紋章の描いてあるページは白紙になっていた。

 それは一度の魔法でそれだけ魔力が込められているという事であるが、メリルの表情は腑に落ちないといったものだった。

 

(魔力を紋章の限界まで込めると消えるのは分かる。だが、今までこのような規模にならなかった……。どういう事だ……?レンの描き方か?それともリコの方?まあ良い。このまま放てばリコは反動で吹き飛ばされるだろう……)


 メリルは黒い棒に魔力を込め、大鎌のような見た目をしたものに展開する。


「『守護の神よ、我らを大きな一撃から守りたまえ』」


 詠唱を終え、ドーム状の壁を展開する。

 そして、大気の鉄槌が振り下ろされ、グラウンドを包んでいた魔法もろとも吹き飛ばし、屋外競技場が半壊したのだった。

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