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来店

 張り詰めた空気の居酒屋。

 ホールスタッフたちの頬に汗が垂れる。

 失敗は許されない。

 対応をしていた店長が酷く憔悴しきった表情で厨房に戻ってくる。


「店長!大丈夫ですか?」


 カオルは厚手のタオルを手渡すと額を雑に拭き、首にかけてため息を放つ。


「お前たち、今すぐ最高級のコースをもてなすんだ。……こんな早くに来るとは思わなかった……!レンちゃん。君は今日は上がっても良いよ?」


「オ――私はまだ働けます!」


「君を死なせてはアドラさんに顔向け出来ないんだ」


 もてなしの失敗は死を表すことを改めて実感する。

 魔力を持っているレンは兎も角、魔力を一切持たない人間にはこのプレッシャーに耐え切るのは不可能だろう。

 スカートをたくし上げ、局部が見えるギリギリで止める。

 太ももにはベルトで固定していた杖があった。

 それを手に取り、胸に当てる。

 ――リコさん……。君の力を借りたい……!ここにいるヒトはオレを認めてくれた大事なヒトなんだ……!

 レンの行動にスタッフ達は首を傾げる。


「呪文使い……!」


 店長は半笑いでそう呟く。

 その意味を理解できたスタッフは表情が強張る。

 レンはスタッフ全員の視線を受けても怯まなかった。

 戦士として、怯むわけにはいかなかった。


「今見たものは内緒でお願いします……。みなさん、最大のパフォーマンスができるように、魔法の力を使います。この修羅場……一緒に乗り切りましょう!」


 レンの言葉に全員が右手の拳を天井に向けて掲げる。

 レンのことを疑う人間はいない。

 息を大きく吸い込み、詠唱を始める。


「『雄大な風の子よ、我らの心に安寧を与える優しき風で包み込め』」


 雑巾を絞るような痛みが腹部を襲うが、レンは歯を食いしばり、全員に不安という霧を払う風を与える。


「っぐぅぅっ……!」


「レンちゃん!?」


「だ、大丈夫です……っ!早くおもてなしをしないと……!」


 今までと比べ物にならない激痛に視界が真っ白になるほどの力を込めて耐え切る。

 杖を再び隠し、膝に手をついて立ち上がる。

 乱れてしまった顔の毛を整え、ホールへと向かうのだった。


「明日の実験ですが、『扉』は開かれるのですか?」


「そうだな、そろそろ送り込んでも良い頃合いだろう」


「かしこまりました。スムーズにできるように準備します」

 

 身なりの良い小太りの男は金髪の男に頭を下げ、そそくさと出ていく。

 レンはそれを見計らって男の前にでる。

 体は危険信号を出している。

 男にも聞こえているのではないかという心音と鼻の湿り、小刻みに震える腕、近づくたび強くなる腹痛。

 飛んで逃げたいにもかかわらず歩みを進める。

 男と目が合い、レンはスカートを持ち上げて軽く会釈する。


「ただいまよりコース料理を提供いたします。お連れの方はすぐにお戻りになられますか?」


「……おそらくな」


「かしこまりました。それでは提供を開始いたしますので少々お待ちください」


 レンは男に一礼をし、厨房へと振り返る。


「待て」


 突然の呼び出しにレンの体一瞬硬直する。

 ――もしかして、バレた……!?

 笑顔を崩さず、再び男の方へ振り向く。

 頭のてっぺんから足の指先までじっくりと眺められる。

 レンはいつでも戦闘できるように心の中で構えを取ると、男は鼻で笑う。

 

「知っている顔に近かったからな。少し見ただけだ。流石にオスからメスには変わることはない。料理は期待している。戻っていい」


「かしこまりました」


 レンははやる気持ちを抑え、無事に厨房へと戻る。

 重圧から解放されたレンは手洗い場に走る。

 心身の負担が限界を迎え、胃袋がひっくり返る。


「よくやった……!アンタ今日一番のファインプレーよ……!」


 労いの言葉を受けたレンは首を横に振る。

 

「けほっ……。まだです……!あの人が帰るまでが正念場です……」


 レンの言葉に店長とスタッフ全員が頷く。

 新人のレンが新人類の男に一番槍をやり遂げたことが心に響いたのか、料理を作る熱量が上がったように感じる。


「レンちゃん!料理できたよ!いけそうかい?」


「は、はい!行けます!」


 レンは料理を盆に乗せ、ホールへ出る。

 男といつの間にか戻っていた小太りの男が話している。

 足音を立てずに席へと向かう。


「明日の廃棄の件ですが、ここ――南のエリアでよろしいですか」


「良いだろう。捨てる場所はどこでも構わない。扉を開けるための時間は打ち合わせを綿密に――」


 レンが近づいてくるのが見えたのだろう。

 男は話を止め、レンを金色の瞳で見つめる。

 会釈と同時に目を閉じることで、恐らく違和感なく目線が切れたのだろう。


「ここに置いてくれ」


「はい、かしこまりました。こちらは先付の【黒の宝石の冷製〜奏でる黒蜜のハーモニー〜】です」


 ――何この名前。

 ただの黒ゴマ風味の豆腐である。

 レンは不思議な料理名に首を傾げながら置いていく。

 ペコっと一礼して、厨房に戻る。

 男たちはレンが離れると再び会話を始める。


「時間は明日の十二時――」


 聞き耳を立てていたがそれ以上は聞き取ることができなかった。

 押し潰されそうな程の重圧から逃げるように厨房へと戻る。

 手洗い場に手を突き立て、吐き気と戦う。

 男に近づけられるのは魔力を持つレンしかいない。

 魔力を持たない人間は少し触れただけで発狂する。

 今はレンの魔法で普段通り、普段以上のモチベーションで活動ができている。

 レンはスタッフたちにかけた魔法を途切れさせないように気を失うわけにはいかなかった。



 レンの意識は朦朧としていた。

 ――次で最後の料理……。

 果物がふんだんに盛られたデザートである。

 それを盆に乗せ、男たちの元へ向かう。


「……おまたせいたしました!本日締めの品、【ひまわりの讃歌〜黄金のエピローグ〜】です。こちらのはちみつをおかけしてお召し上がりください」


 一礼して背を向ける。


「ちょっと待ってくれないか?」


 レンは小太りの男に声をかけられ、引き止められてしまう。

 男の不敵な笑みに体の震えが最高潮に達したのだった。

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