潜入開始!
「おじゃまします……!」
支度中のホールにいる人間たちの視線がレンに集まる。
品定めをするような視線に思わず胸元とスカートを押さえこむ。
じっくりとみられる。
いくらオスだとしてもかなり怖いものだと実感していると、厨房と思われる入り口から髭を蓄えた小太りの男性がホールへ入ってくる。
「お!キミがアドラさんからおすすめされたネコ族の女の子だね!」
「は、はい!レンって言います」
「レンちゃんね~。今日は結構大物の方々が来店予定だから、ホールスタッフ――コース料理の提供をしてもらおうかな。できるかな?」
「ま、任せてください!」
店長はレンの様子に満足そうな表情を浮かべて厨房へと帰っていく。
レンはホールを見渡し、ふと感じた女性に声をかける。
「レンと申します。頑張りますのでよろしくお願いします」
リコの対応を意識し、深々と頭を下げる。
なぜこの女性を選んだのか。
ネコは特定のコミュニティを持つことがあり、誰がコミュニティの長であるかを理解する能力がある。
レンはそれを利用したわけであり、不意を突かれた女性は面を喰らっていた。
――間違えた……!?
レンは急に自身の能力に不安になり、尻尾を足に巻き付ける。
女性は髪を手櫛で整えるとにこやかに笑う。
「あなた、獣人にしては偉いじゃない。ホールリーダーがこのワタクシ、『エンドウ カオル』だってことに気が付くなんてね」
カオルは上機嫌に高笑いをし、レンはほっと胸をなでおろす。
――直観だけど、気が付けて良かった。多分間違えていたら面倒なことになっていたと思うな……。
その後、次々と自己紹介をしていくことになり、あっという間に開店時間が目前まで迫っていたのだった。
開店時間。
予約客を案内し、予約していないものを追い返す。
これがレンの仕事だった。
「いらっしゃいませ!ご予約のお客様ですか?」
「うわ、獣人じゃねえか!ふうん……なかなかよさそうな子だな」
「あ、あ……の……」
レンは恐怖のあまり声が出せなかった。
妙齢の男性になめるような手つきで尻を撫でられる。
抵抗すればよいのだが、相手は人間。
不用意に抵抗し、男性を傷つけたことを想定すると、体が動かない。
男であればこのような辱めを受けることがなかったため、レンはだんだんと涙目になってくる。
男性のもう片方の手がするすると腹から上へ登っていく。
迫りくる恐怖に爪が出かかった瞬間、男性は三メートルほど吹き飛ばされていた。
実際にはカオル蹴り飛ばされていたのだ。
純白の布をスカートの中から覗かせるが、カオルは一切気にしない。
「ウチの看板ネコにイタズラするやつは客なんかじゃないわよ!ママのおっぱいでも吸ってなっ!」
むしろ般若の形相で男性を見下し、男は腰を抜かし、這いながら逃げ去っていく。
あまりの迫力に思わず身を縮めこまていたレンはカオルに抱きしめられ、背中を撫でる。
レンの偽物とは違う圧倒的な肉感に驚く。
「あんの変態ジジイ、謝りもせず逃げやがって……!怖かったなぁ、こんなかわいい顔を泣かせるなんて。そうだ!ネコ族だからバランス感覚はよかったよね?もしかしたらこっちの方が適任かもしれないわ!」
カオルに腕を引っ張られ、店内に連れ戻される。
レンは看板ネコ役は終わったのである。
次の仕事は食器運び。
素早く、音をできるだけ立てずに料理を提供する。
レンにとって音を鳴らさずに動くのは狩猟本能として備わっているため、朝飯前のこと。
「こちらは当店自慢のダブルサンライズです。こちらのライスと共にお召し上がりください」
「うわ、本当に猫の女の子だ。……ねえ、サービス付けてくれない?そうだな……僕は目玉焼きにはケチャップをかけたいんだ!」
「あ、はぁ……?少々お待ちくださいませ」
レンは一礼して厨房へ戻る。
すると心配そうな顔をするカオルが現れる。
「レンちゃんどうしたの?」
「あちらのお客さまがダブルサンライズにケチャップをサービスをしてくださいと……」
「はい!」
どうやらこういう接待は日常的なのだろう。
準備の早いカオルに苦笑いを浮かべるが、今はメス猫だと心の帯を締め直し、ホールへと戻る。
「お待たせしました♪何をお書きしましょうか?」
「そうだなぁ……ここは定番のハートマークを描いてくれないか?」
「かしこまりました」
喉をゴロゴロと鳴らし、ゆっくりと描いていく。
ホールにいる店員や客の視線を一斉に受ける。
レンの勘違いはこの居酒屋では「こういったサービスは行っていない」という事。
綺麗に描き上げ、手でハートマークを作り、男性に向ける。
レンの頭の中にサクラを憑依させ、なりきる。
「今日も一日、お疲れ様でした♪お腹いっぱいになってね♡」
猫なで声とピューリング。
最強コンボを披露し、全力のハートを男性に向ける。
顔から火が出そうなほどの羞恥を抑え込み、居酒屋に来ていた客全てにレンという名の矢で胸を撃ち抜くつもりで。
すっかり静かになってしまった店内をキョロキョロと眺め、耳が垂れてしまい、尻尾を太ももに巻き付ける。
「そこのネコちゃん!うちにもやってくれ!」
「いや!オレが先だ!」
「何言ってんだ!わしが先だろう!」
「アタシもやってほしいっ!」
レンの接待は一気に好感度を上げ、男女問わずにありもしないハートを送り続けるのだった。
休憩時間。
たくさんの愛嬌を振りまいた反動でソファの上に身を転がして休む。
レンが水を飲もうとコップに手をかけた瞬間、全身の毛が逆立ち、賑やかだったはずのホールの喧騒が一気に静まる。
鉛のように重たい魔力が居酒屋を包み込み、腹部が熱を持ち、激痛を伴う。
脈を打ち、内臓を捻じ曲げられるような痛みに耐える。
――知ってる……この魔力。オレの世界に来ていたあの新人類の魔力……!
痛みが引き、呼吸の音が外に漏れないように気配を消す。
ドアの隙間から金色の髪と瞳をした男をその目で捉えたのだった。




