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変身

 ――ピンポーン。

 静寂だった呼び鈴が事務所の中を賑やかす。

 アドラは全く出る気が無く、レンはアドラと扉を交互に見返す。

 ――出なくて良いの?

 その心配は杞憂だった。

 木製の扉は勝手に開き、プラチナカラーの髪をした羊族の女性がツカツカとアドラに迫る。


「アンタなぁ!ヒトを呼んどいて、何で出んのん?!」


 女性の言うことは尤もである。

 レンは首を縦に何度も振って肯定していると、女性はレンに向かってサムズアップする。


「ほら!あの子だってウチのいう事、間違うてないって」


「ちちちちち近いっ!」


「近いじゃありゃせん!どういう了見かって聞いちょるんじゃ!」


 レンの中で組み立てられていたアドラはクールで何でもこなすオトナ。

 しかし、目の前の女性に対し何も抵抗できていない姿を見てアドラ像が崩れ去る。


「……もうええけん。あの子が潜入調査する子?」


「そ、そう。お……女の子にしてやって……」


「アドラ」


 女性の中ではかなり低い音域でアドラを呼ぶと、すっかり萎縮しているアドラは完全に硬直する。


「これ、高う付くけんね。覚悟しんちゃい」


「は、はい……」


 アドラとの決着が付いたのだろう、女性はレンに向かって歩く。

 ――羊族の女性ってみんな強いんだなぁ……。

 レンの頭の中にはメリルの姿が浮かび上がり、種族的な特徴なのかと考察する。

 隣に座ると小さな紙を手渡される。


「ウチ、ゼクスっていうんよ。今日はあのバカ探偵に依頼されてアンタを女の子にせえって。ええの?」


「は、はい……!帰るために必要な情報が欲しいんです……!」


「本気なんじゃね?」


 エメラルドのような不思議な輝きをする瞳と圧力に負けないように頷く。

 すると先ほどまでの剣幕とは大違いな笑顔をレンに向け、レンは感情がぐちゃぐちゃに混ざってしまう。

 ――え?これでよかったの……かな?

 秋の空模様のようにころころと表情を変えるゼクスに圧倒されていると、アドラが耳打ちする。


(絶対に生半可な気持ちで約束しないことだ。ゼクスはどっちつかずが一番嫌いだからね)


「アドラ、アンタは余計なこと言わんでええけん」


「ご、ごめん……」


 アドラはそそくさと自席に戻っていき、恨めしそうにレンを眺める。

 不意にゼクスがアドラの方へ向き、首を傾げながら訊ねる。

 その間もレンの容姿を整える手は一切止まらない。


「んで、どこの高級居酒屋に潜入捜査するん?まあ、数が知れとるけどさ」


「アルカディア」


「アドラ、本気でこの子行かすん?」


「もちろん。私たちでは年齢的に潜入できないからね。レンがうってつけなのだよ」


「ほんじゃあ、きちんとしちゃるけんね」


 レンの知らないところでどんどんと話が決まっていき、不安要素しかなかった。

 初めての世界で初めての労働が女装して新人類の情報を抜き取るというものだから。


「レンは寒いとこにおったん?」


「おったん……?」


「ああ、ごめんね。訛っとるけん分からんかったね。寒いところに住んでいたのか?って聴いたんよ」


「たまたま寒い場所にはいました」


「じゃけえか。ほりゃ、見事な豊胸手術」


 視線を下すと見事な丘が二つ並んでいた。

 いくら冬毛になったからといってもこのようなことにはならない。

 周りには自身の毛が散乱しており、トリミングの技術だけで一瞬で女の子に近づけたのだ。

 手でその感触を確かめてみると、カットした毛が長い毛を浮かせ、見た目だけ擬似的な胸を作る。


「その身長だとあまり大きいのは不自然じゃけえね。サイズに文句は言わんのよ?」


 そう言いながら髪のセットへと移る。


「長い髪でえかったねえ。これなら少しの調整だけでええ感じになるけんね」


 整髪料などは一切使わず、ハサミとクシだけでそろえていく。

 探偵事務所内をハサミの音がリズムよく奏でていく。

 レンはリコから貰った髪飾りを大事そうに握る。

 それに気づいたゼクスは「ふふん」と鼻を鳴らす。


「それ、大事なんじゃろ?ウチがそれ使って可愛くしちゃるけんね」


 ゼクスは髪飾りを手に持つと、レンの髪を結わえていく。

 手を二度ほど鳴らし、終わったことを告げる。


「はい、鏡を見てみんさい?」


 レンは絶句した。

 目の前にいるのは紛れもなくメス猫。

 しかも自身の動きに合わせて動く。

 毛並みを整え、ハーフアップ――いわゆるお嬢様結びにするだけでこれほどの変貌を遂げたことが信じられず、声が漏れる。


「これが……オレ……!?」


「こりゃ、女の子がオレって言わんの」


「わ、わたし……!」


「無難な一人称だね。それなら男でも女でも使うからね」


「あとは声じゃねぇ……。今でも十分高い声が出せとるけど、可愛くない」


 声が可愛くないと言われ、なぜか落ち込んでしまうレン。

 だんだんと感覚がマヒしたような感じに戸惑うが、ここは猫族の見せどころだと意を決する。

 ――リコさんやサクラさんを思い浮かべて……。

 少しだけ喉を絞り――


「……こんな感じで、いいかな……?」


 ゼクスに対し、上目遣いと猫なで声、そして喉を低く鳴らす。


 ――ゴーロゴロゴロ……。


 甘いピューリング音を息使いに合わせて響かせる。

 絶句。

 言葉を発しなくなった二人に不安を覚え、ピューリングをやめる。

 ゼクスは胸を押さえ、よろよろと壁に手をつき、肩で息をする。

 

「っはあ!か、可愛すぎてこの世から去ぬるかと思うたわ!」


 恐る恐るアドラの方へ振り向くと目を逸らされ、手で口を押さえて肩を振るわせる。


「い、良いと思う……?」


「なんで疑問形なん。それにアドラが吃音症状出るってことはしっかり女の子と思うとるってことじゃね。これならイける!」


 自分に思いもよらぬ才能があったのかと嬉しい反面、オスとして大事なものを失ったような気もするのだった。



 高級居酒屋アルカディアに到着したレン。

 助手席の窓が開き、ゼクスが顔を出す。


「えらいと思うけど、やりきって来んちゃい。無事にできたらウチが美味しいもの奢っちゃるけんね」


「は、はい!がん――」


「声」


 既に潜入調査が始まっているとゼクスの目は訴えて来たような気がした。

 レンは瞳を閉じ、深呼吸して心の中の『女の子スイッチ』を押す。

 

「……頑張るね、お姉ちゃん!」


 ゼクスは何かに射抜かれたのか胸を押さえ、ヘッドレストに頭を預ける。

 ――し、失神してる……。

 苦笑いを浮かべ、スカートの裾を翻す。

 両手で戦場(居酒屋)の扉を開くのだった。

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