一筋の輝き
「リコ」
「……」
「気分はどうだ?」
首を横に振って「問題ない」と合図を送る。
少しだけメリルの表情が和らいだ気がするが、依然として緊張の糸は緩んでいない。
「何が起きたか、覚えているか?」
目を伏せ、首を横に振る。
「お前は、女王に対し、反逆したのだよ。【洗脳】魔法に蝕まれて」
「……」
思い当たる節はある。
あの男の声だ。
自身がどんどん真っ黒な泥の中に引きずり込まれるような感覚。
どう抵抗しようが粘っこくしつこい魔力。
以前は抵抗できたはずが、なぜできなくなったのか。
それを特定するのは簡単だった。
――レン君……。
金色の髪と金色の瞳を持つ正体不明の生き物にレンは嬲られ、大穴へと投げ込まれた。
自身が制御できなくなったのはそれからだった。
真っ黒になった感情は見るものすべてを黒く染め上げ、意識が流れていく。
――レン君を助けられなかった。私は、パートナー失格です。どうか、このまま処刑されて、あなたの元に行かせてください……。
リコはメリルに背を向け、対話を断つ。
「リコ、もしレンが生きているとしたら、お前はどうしたい?」
――すぐに探したいに決まってます。
「私はレンが死んでいると思っていない」
――あの時に助けていれば間に合ったかもしれないのに、直ぐに行かなかったじゃないですか。それをいまさら……。
「理由はこれだ」
リコは少しだけ振り返り、横目でそれを睨む。
それを見たリコの眼に光が灯る。
風の精霊を取り込んだ剣。
レンとリコが精霊のために二人で作った魔道具。
風の精霊が住まう山頂に突き立てておいたはずのものがメリルの手中にある。
「以前王族に【召喚】魔法を扱う方がいるといったな?彼女に呼んでもらったのだ。そこで精霊が言ったのは……」
『レンは生きている。少し遠い場所にいるだけで死んではいない。これはそういう風にしているのだろう?』
リコは湧き上がる感情に両目から大粒の涙が零れ落ちる。
鮮明に覚えている。
レンの詠唱の中に『我の命が保つ限り、その姿を確実なものに』と言い放ったことを。
魔道具で精霊が呼び出せるということはレンが生きている。
真っ黒な心の中に白い点が落ちる。
圧倒的な暗闇にレンという存在があるだけで生きる力が湧いて出てくる。
すぐに飲み込まれそうな微かな希望にリコの眼は強い意志を持つ。
「言葉の真意は私には判らなかったが、レンとの【共鳴】は繋がったままじゃないか?」
瞳を閉じ、流れる涙の存在を無視する。
胸の奥底に感じ取られる暖かい魔力。
リコにとって大事な絆を感じ取る。
――レン君は、生きています……!
その様子を見たメリルは鍵を取り出し、牢の扉を開ける。
口輪と手枷を手際よく取り外し、リコを柔らかく抱きしめる。
「レンを探しに行くか?」
「はい……っ!」
メリルは立ち上がり、デバイスと呼ばれる黒い魔道具を取り出し、魔力で鎌を形成する。
縦、横、右袈裟、左袈裟と振るい、切れ目に向かって蹴りを入れ込むと大きな音を立てて一メートルほどの厚みの壁が崩れる。
剣の魔道具をリコに押し付け、胸に手を当てる。
「ここは私が食い止める。だから、必ず……必ずレンを連れて帰るんだ!これはお前にしかできないから!」
「なんの音だ!?」
鎧が擦れる音を牢に響かせるとリコと兵士の間にメリルが割って入る。
「早くいくんだ!」
「――っ!」
――先生ごめんなさい……。
リコは壁の穴から飛び降りた。
目の前に広がったのは大きな湖。周囲の山々と比べてリコは非常に高い場所から飛び降りたことが分かった。
――このまま何もしなかったら、水にたたきつけられて死ぬ……。でも……どうすれば――。
リコは詠唱をする間もなく大きな水しぶきを上げて湖の中に飲み込まれるのだった。
§
「おい!囚人が飛び込んだぞ!」
「ありゃあ、助からんな……」
「見ろよあの水しぶき。無事じゃ済まねえ……」
リコが飛び降りた先を兵士が思い思いに言葉を並べる。
――無事でいるだろうか……?
メリルはその場に座り込み、リコの身を案じる。
兵士の一人がメリルの首に刃を突き立てる。
冷たい刃先が喉に食い込む。
「メリル宮廷魔導士長。貴女という方がなぜこのような真似を?」
「……私の生徒を、助けるためだ」
「調査隊が派遣されてからでもよかったのでは?」
「リコじゃなければレンに会えない。今の調査隊ではディバイドエリアまで到達できないだろう。それこそふく様やヴォルフ様だけしか……。それじゃ、遅いんだ」
メリルの放った言葉に兵士たちは言葉に詰まる。
国の事、兵士の事、調査隊の事。
すべての状況を見ているメリルがそう発言するということは事実でしかないから。
――これで、私はお役御免……かな。サム、何も言わずにこの世から去ることになって済まない。
メリルは手を後ろで組み、極刑を受け入れる体勢になる。
瞳を閉じ、リコとレンの姿を思い浮かべる。
しかし、その時は来なかった。
薄ら目を開けると兵士たちは一つの方向に向かって敬礼していた。
「なんの騒ぎじゃ?」
「は、メリル宮廷魔導士長……いえ、メリルが罪人リコの脱獄を手助けしておりました」
「ふむ。お前たちは下がってよいぞ。ぼるふもおるしの。それと、このことは誰にも公言するでないぞ」
「「「はっ!」」」
ふくとヴォルフに一礼し、牢には三人だけになる。
「情が移ったのかの?」
「はい……」
ふくの表情を直視できなかった。
長年王族の付き人として職務を全うしていた身であり、罪悪感で心が押しつぶされそうになる。
「ラスボスが意外なことしやがるな」
「ラスボスではありません。ただの罪人です」
いつものように揶揄うヴォルフの言葉が今のメリルには冗談に聞こえなかった。
「二人は戻ってくるのかの?」
「そう信じています。だって……」
――私の、最高の教え子だから。
リコが飛び降りた先を見つめながら、一筋の涙が頬を伝うのだった。




