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それぞれの犠牲のしかた

 レンは文明の違いに驚いた。

 住居の設備は魔力を使用しなくていいからだ。

 蛇口をひねるとお湯が出る。

 たったそれだけなのだが、レンは感動していた。

 程よい温度でシャワーヘッドから出る水滴に思わず鼻歌が漏れる。

 レンが学園で学んでいる言語とこの世界の言語は非常に似ており、『シャンプー』と書かれたボトルのポンプを押す。

 一回分の洗浄液を髪になじませて泡を立てる。

 指通りや洗浄力はレンの世界のものとは比べ物にならないほど良質。

 虫よけ用の草のにおいを思い出しながら、泡立出る。

 ――地上の技術はすごいや……!

 時折作られる虹色の玉と戯れながら長湯を楽しむのだった。



 さっぱりした気分で事務所に戻ると帽子とコートを脱ぎ散らかし、書棚の側で立ち読みをするアドラがいた。


「アドラさん、お帰りなさい」


「うむ」


「この世界ってすごいんですね……。魔法なんか使わなくても生活できるなんてすごいです」


 サラサラになった髪の毛を手櫛で靡かせる。

 アドラは振り向くと本を閉じて顎に手を当てて口を開く。

 

「……君はこの魔法に代わるエネルギーの正体を知らないだろう?」


「?」


「生き物の血肉や死んだ植物を糧にした化石燃料と呼ばれるものと魔障石を使用したエネルギーだよ。君たちは自分の力で生活できるが、人間はそうはいかない。あらゆる生き物を犠牲にした上で生活が成り立っているんだ。それでもいいと思うかい?」


「そ、それは……」


 犠牲の力による繁栄と知り、口籠もる。

 便利なものには対価が付きものだという事。

 

「人間からすれば、君たちの方が理想的な暮らしをしていると思われているだろうね」


「……魔法だって。魔法だってみんな火の魔法が使えたり、水の魔法が使えたりするわけじゃないんだ!」


 レンは我慢ができなかった。

 魔法が自由に使えるものではないことを自身が一番よく知っているから。

 

「みんな……使いたい魔法を持ってるわけじゃない。魔法が使えなかった人だっている……!オレだってもっと強くて魔法も自由に扱えたらリコだって……アドラさんの記憶だって失わずに済んだんだっ!」


 静かにレンの言葉を受け取るアドラに向かって、腹の奥底から漏れ出る苦痛を解き放つ。

 簡単な技術ではないからこそアドラに喰いかかる。

 

「理想的な生活なんてそ――」


「わかってるさ。だから互いの思い違いで獣人と人間は対立しているんだ。だがね」


 本を棚に戻し、金色の瞳でレンを見据える。

 その視線はレンを見ているようでそうではないように感じる。

 もっと先を。

 

「新人類は違う」


 その言葉に腹部がジワリと熱を帯びる。

 

「あれは生き物としては完全上位互換。人間や獣人のできないことは大抵できる」


「じゃあ……なんで敵対するんですか?」


「簡単だよ。自分たちの下位互換をなかったことにし、新人類だけの世界を作る。そして、自分たちの数を増やすために国単位で実験し、成功者――新人類だけ受け入れて失敗作は大穴に放り込み自滅させる。ま、その気になれば国ごと滅ぼせるから、これも戯れなのだろうさ」


 遊び。

 レンは許せなかった。

 ただそれだけのために両親を、リコの親も。

 たくさんの命が失われていることを。

 国の敵からレンの敵へと変わっていった瞬間である。

 レンの怒りを感じ取ったのだろう。

 アドラはソファへと移動し、袋を手に取る。

 

「さ、この件はこの辺で。本題に入らせてもらうよ」


「これは……?」


「君の働き先の制服だよ。一応入るか試してみてみな?」


 手渡された制服を取り出し、洗面所で着用する。

 サイズは教えていないはずだったが、ピッタリである。

 アドラの観察眼に感心していると、ある事に気がつく。

 耳の先まで熱を帯びると、勢いよく扉を開け、木製の扉が抗議の音を立てる。

 

「あ……アドラさんっ!!」


「ん~?似合ってるじゃないか。私の見立て通りだ」


「違いますよ!コレ……女の子の制服じゃないですかっ!」


「ん?何も間違えていないさ」


「オレはオスです!」


「うん。知ってる」


「……!?」


 レンは何が何だかわからなかった。

 レンを男の子だと認識した上で女性用の制服を渡す理由が。

 しかし、アドラはふざけている様子はない。


「君はVIPしか入る事ができない高級酒場で接客をする。ここは女性店員しか接客ができないのだが、ここにくる客に新人類と接点を持っている人間が多くやってくる。それだけでなく新人類もよく顔を出すそうだ」


「えっ!?」


 点と点が繋がったような気がし、呆気にとられる。

 

「君は一人の新人類に顔がばれてるのだろう?」


 忘れもしない。

 金色の髪と金色の眼。

 この世界を少ししか歩いたことがないレンにもわかるほどの整った容姿。

 腕と腹部の痛みがじわじわとレンの心を蝕む。

 レンは頷くと頷き返される。


「なら、我慢することだ。運が良ければ、帰りの方法もわかるかもしれない。このチャンスを逃すかい?」


「……わかりました。やります……!」


「うん、その意気だ。しかし……」


 頭のてっぺんから足の先までじっくりと眺められる。

 体は反射的にスカートを押さえ、身を守ろうとする。

 レンの姿に納得がいかない様子のアドラは小さな光る板を耳に当てる。

 

「まだオスっ気が抜けないね。明日、ゼクスに頼んで一流の女の子にしてもらおう。――ああ、ゼクスか?明日少し付き合ってほしいのだが……」


 どうやら離れた位置でも会話ができる道具だったようで、興味が湧くものの、これからの事に大きなプレッシャーが重くのしかかるのだった。

 

 §


 仄暗い中、少女は目を覚ます。

 ――ここは……。

 天井、床、三方の壁は石で囲まれ、正面と思われる面は腕の太さと同じ径の鋼鉄の柵があった。

 ――牢、ですね。

 両手が合わせられないような構造の手枷と口輪が取り付けられ、何もできない。

 意識を集中し、怪我を負っていない確認するが、どうやら無事なようだ。

 柵の先の扉が開かれ、牢は明かりが灯される。

 青い髪を靡かせる羊族の女性。

 ――メリル先生……。

 少女は死を受け入れているかのような目をメリルを真っすぐ突きつけるのだった。

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