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アドラの力

「アドラっ!」


「何だい?」


 魔物に向かって歩んでいたアドラの肩を掴み、睨みつけるクイン。

 

「お前……その力を使えば――」


「記憶が抜け落ちるんだろう?今ここで対処できなければ被害は甚大だね。それに比べれば私の記憶なんて安いもんだよ」


「だからってなぁっ!」


 冷静な憲兵だと思っていたクインは苛立っていた。

 そして、後悔と悲しさがレンにもヒシヒシと伝わる。

 困った表情を浮かべるアドラはレンの方へ振り向く。


「私の力は威力も範囲も大きい。君は石の場所が見えるのだろう?その場所を教えてくれたら威力を集中できる。頼まれてくれないだろうか?」


 普段なら畏れを感じ、直視できない金色の目。

 しかし、アドラからは諦めと悲哀の情を感じ取り、目が離せなくなる。


「アドラさんはそれでいいですか?」


「構わないよ」


「わかりました。魔物の左脇腹に魔障石があります。ですが、魔障石を無害化して破壊するには元素魔法で【暗黒】以外の属性で溢れ返させないとだめなんです」


「ふむ?元素魔法とは?」


「【火】や【水】とかですね」


「魔法……か。君は本当に別の世界から来たようだね。それなら私が扱えるから安心したまえ。では君の言う通りやってみよう」


 アドラは最前線に出ると、酷暑だったはずが一気に寒冷地となる。

 霜柱が街中で立ち上がり、魔物の足を凍結させていく。

 脛、大腿、腰――やがては全身が凍り付く。

 身動きが取れなくなった時、左手の人差し指を魔物に向けて指す。

 凍り付いた体が脇腹を中心に小爆発を起こしながら燃え盛る。

 芯まで冷え切るような寒さから、身を焦がすような酷暑へと戻る。

 魔障石が崩れたのだろう。

 体を肥大化させていた魔力が噴き出し、急速に肉体が腐り果て、塵となって霧散していった。

 ――これも、あのニンゲンの実験なのかな……?オレの体は……大丈夫なのかな……?

 腹部に手を当て、不安な表情を浮かべているとレンの手から帽子を取り戻すアドラ。

 コートの中から白い棒を取り出して咥える。

 溶けていく氷を眺め、大きく息を吐いて振り返る。


「さて、どういう状況だね?」


「どういうって――」


「迷子人のレンを行政に連れていき、獣人登録をするところだ。途中で怪物が現れたため、戦闘になった」


「そうかい。ということは君がレンだね?役所に向かうとしよう」


「??」


 レンには何が起こっているのかわからなかった。

 アドラの発言で違和感しかなかった。

 戸惑っているレンの耳もとでクインはアドラに聞こえないような声で話す。


「力を行使したから記憶がなくなった。お前の事とこれからの事、他にも犠牲にしているはずだ。だから、できるだけあいつは前線に立たせたくない。わかったな?」


「は、はい……!」


 レンは初めて理解した。

 アドラの記憶が消える正体は【制約】によるものだと。

 自身も『リコだけに』にという制約を持っていることから簡単に予想がついた。

 クインから脅しのように聞こえた一言で、再び魔物と相まみえることがないようにと祈るのだった。



 パトカーは鉄板になってしまったため、役所と呼ばれる場所にたどり着いたのは夕方だった。

 地底にいるときと違い、ゆっくりと太陽が海の向こうへと進んでいくことに不思議な感覚だった。

 建物に入るとクインが率先して進んでいく。

 白い箱のようなものの前に立つと、黒い板が突如発光する。

 レンは後退りし、腰ホルダーに手を掛け臨戦体制を取る。


「な、なに……!?」


「おや?モニターを知らない子か。随分と世間を知らないと見えるね」


 アドラの口ぶりから害のあるものではないと悟り、ホルダーから手を外す。

 周りの視線を集めてしまい、顔から火が出そうになっていると、職員がアドラのに声を掛ける。

 

「アドラさん。この子が今回登録される方と見えますが、身元がないとのことです――」


「大丈夫大丈夫。私の助手として管理するから問題ないのだよ」


「そういうことですか。では登録証を発行しますね」


「頼んだよ」


 椅子に座り直すとアドラは深々と頭を下げる。

 なぜ頭を下げられたのか分からず、首を傾げると、アドラは自身の頭を指で小突きながら口を開く。


「わるかったね。気を使わせているようだ」


「そんな事……!」


「記憶がなくなっていることに責任を感じているのだろう?それは負う必要がないから気にしないことだ」


「アドラ。未成年の子にそんなことを言っても責任は感じてしまうぞ。なあ?」


 クインはレンに同意を求めると頷くことしかできなかった。

 アドラは帽子を外し、髪をかきむしる。

 金の瞳は蒼い目に戻り、頬の紅い紋様も消えていた。


「んで、これからどうするんだ?助手として活躍させるのか?」


「いやいや。彼には生活資金を自力で稼いでもらうよ。その間におうちに帰られる方法を私が調査しておくよ。まあ、詳しい話は事務所に戻って行うとしよう」


 クインは「それもそうだな」と呟くと手のひらサイズのカードをレンに手渡す。

 特に何かが記入していたりするわけでもなく、透明度の高い青いカードである。


「……?」


「それは登録証。獣人はそれを肌身離さず持っていないと憲兵が来るからね」


「本当、お前はアドラに拾われてよかったな。じゃなきゃ今頃は処分場じゃないか?」


 レンは真顔で頷く二人を見て肝が冷えるのである。

 役所を出て、レンは車両に乗せられる。

 パトカーとは違い、全て真っ白ないかにも速そうな車だった。

 助手席に押し込められると、されるがままベルトで締め付けられる。

 クインが運転席に乗り込むとレンの座っている窓が開く。


「私は少しだけ野暮用を済ませて帰ってくる。鍵はクインに頼んでいるからシャワーを浴びて今日は寝るんだ。いいね?」


「わ、わかりました」


「クイン、頼んだよ」


「おう、任せとけ」


 緩やかに進み、鏡からアドラの姿が小さくなっていった。

 シートベルトをギュッと掴み、不安な表情を浮かべるレンにクインはくしゃくしゃと頭を撫でる。


「絶対にお前をおうちに連れて帰ってやるからな。安心して任せてくれ。それが俺たちの仕事だからな」


「――っ!あり……がとう……っ」


 レンの両目からは大粒の涙がぽろぽろと零れ落ち、孤独感が少しだけ和らいだ気がしたのだった。


 §


 アドラは暖簾をくぐり、扉を開ける。


「悪いねお客さん。今日は貸し切りなんだ」


「今日は客じゃなくてね。店長いるかい?」


「は、はぁ……?」


 従業員はアドラの目的がつかめず、店長を呼びにバックヤードへ入る。

 ほどなくして髭と脂肪をそれなりに蓄えた男が現れる。


「なんだアドラさんか。どうしたんだ?」


「少し、手を貸してほしくてね」


「ここじゃ何だ、外に出て話ししよう」


 二人は外に出て、裏路地においてある箱の上に座る。


「いいかい?」


「どうぞ」


 店長は胸ポケットから煙草を取り出し、火を灯す。

 鼻の奥まで刺激する臭いに顔をそむける。


「……ふう。で、頼みとは何だい?」


「獣人なんだがアルバイトを受け入れられるかい?頑張れる良い子だよ」


「アドラさんのお墨付きなら安心できるな!うち、女の子しか入れないけど、大丈夫かい?」


 一瞬レンの姿が思い浮かぶが、白い棒をタバコのように吹かせる。

 

「ふむ、背も小柄なネコ族の可愛い子だよ」


「それなら大歓迎だ!制服を渡しておくから明日から来て欲しい!」


 握手を交わし、交渉が成立した。

 アドラはガハガハ笑っている店長を尻目に空に向かって、心の中で手を合わせる。


 ――レン、すまないね。これも君には必要な試練かもしれないね。

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