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灰色の街へ

「わ、獣人!」


「わ、ニンゲン!」


 全て灰色の市街地と思われる場所に辿り着いた男は路地を曲がったところ、人間と出会い頭にぶつかりかけた。

 害意を持たない彼の後ろ姿を見て男は違和感に首を傾げる。

 ――ニンゲンは敵――のはずだけど、悪意を感じなかった……。それにしても、この黒い地面熱いな……。

 市街地はアスファルトで覆われた路面に長居するのは危険だと灰色の建物たちの影伝いに移動する。

 非常に人間が多い。

 ふと目線を上げると緑とベージュのツートンカラーで塗られた鉄の箱が男のそばを駆け抜けた。

 ――なんだアレ!?魔道具……!?……マドウグってなんだっけ……?

 記憶のモヤに苛立ちながら車輌を眺め、尻尾を腰に巻き付ける。


「そこのネコの兄さん!」


「?」


 急に気前の良さそうな人間の女性に話しかけられ、自身に指を差しながら首を傾げる。


「そうだよ!アンタ!」


 手招きされたので素直に女性の前にカウンター越しに立つ。

 女性は口元を布で隠し、遮光性能の高そうなメガネをかけている。

 この街中の人間はどれも同じような格好をしている。

 そういう制服なのだと男は理解すると、一枚の文字が書かれたプレートを差し出される。


「これは……?」


「なんだい!アンタ、メニュー表も知らないのかい?そうだねぇ……ネコ族さんはミルクがオススメだよ。どうするかい?」


「じゃあそれを貰おうかな」


「あいよ」


 身を屈め、箱から瓶に入ったミルクを取り出し、氷と白い粉、白いシロップを追加していく。

 器と氷がぶつかり合う清涼感のある音を鳴らし、男の前に置く。

 恐る恐る飲むとあまりの飲みやすさにあっという間に飲み干した。

 そして、ほのかに口元が甘く、口の周りを舐め回す。


「アンタ、結構若い子だねぇ。何歳?」


「オレ……十――」


「まだ十代かね!?おんやぁ……ずいぶん苦労したのねぇ」


「それほどでは……」


 この世界の獣人事情が理解できず、コップを女性の方へ寄せて離れる支度をする。


「ちょいと待ちな!」


「?」


「お代金もらってないよ」


「え……?」


「お金持ってないのかい?なら、後払いにしてあげるから登録証出しな?」


「とう……ろく、しょう?」


 男と女性の間の時が止まる。

 男はてっきりタダでもらっていると勘違いしていた。


「困ったね……。お兄さん、悪い獣人じゃないんだろうけど未登録者は憲兵呼ばなくちゃならない決まりでね……」

 

 男は逃げる素振りを見せず、あえなく憲兵に御用となった。




 白と黒のツートンカラーの車両に押し込まれ、しばらく時が経つ。

 男は外の酷暑とは違い快適な気温の車内で大きなあくびをし、まどろみかける。


「クイン巡査!お疲れ様です!」


 外で待機していた憲兵があわただしくなり、ガラス越しに外の現状を確認する。

 二人の人間の憲兵は一人のキツネ獣人に頭を下げていた。

 ――なんだろう。偉い人が来たのかな?

 クインと呼ばれたキツネ獣人は男の視線に気づき、扉を開ける。


「ちょっと外に出るぞ?いいな?」


「は、はぁ……?」


 再び酷暑の外気に触れ、思わず舌を出す。

 クインに手枷をかけられ、太い腕によって逃げることが困難になった。


「では本官が拘置所へ連れていくから、君たちは持ち場に戻るといい」


「かしこまりました!」


「よろしくお願いします!」


 人間の二人は緊張した表情で敬礼すると足早に車両で去っていく。


「あぁ……あれに乗りたかったのに……」


「変わった趣味してるな。パトカーに乗りたいなんて」


「ぱとかー?」


「……まさか知らないとは言わないだろうな?」


「知らないよ?初めて見た」


 男の発言にクインは頭を抱えて唸る。

 正直に答えたのがまずかったのか男にはわからない。


「事件のニオイがしたから来てみたが、もう終わったあとかね?」


「アドラか……。いいタイミングで来てくれた。少し話がしたい」


「ふむ?」


 クインはアドラと呼ばれたイヌ獣人に身振り手振りで助けを懇願する。

 ――また獣人が増えた。なんなんだこの世界は……?

 男はじりじりと照り返すアスファルトを見つめ、二人の会話が終わるのを待つ。

 容赦のない温度はみるみる男の体力を奪い、天を仰ぎながら灼熱のアスファルトに倒れ込むのだった。

 




 目を覚ますと板間の上に寝かされていた。

 過ごしやすい室温に安心するが、憲兵に通報されていることを思い出す。

 であるにもかかわらず手枷が外れており、いつでも逃げられる状況だと認識したが、男は居座った。

 罠かもしれない。

 そう思った瞬間、背後の扉が開かれ、身構える。


「起きたかね?レン」


「レン……?って誰?」


「君の名前だろう?ほら、この髪飾りに名前が刻印されている」


 男はその髪飾りを見て記憶の奔流が頭の中を駆け巡る。

 ぼやけていた記憶ははっきりとしたものに。

 見知らぬ男に腕を折られたことを思い出すと腹部の激痛がぶり返す。


「ぐ、ぅ……っ!」


 焼けるような痛みに悶え、傷のない腹部を押さえ、痛みが引くまで耐える。

 

「リコ……!どこに……っ!?」


「落ち着きたまえ。君の敵はここにはいない。ゆっくり息を整えるんだ」


 痛みの嵐が過ぎ去り、腹部を確認するが傷一つついていない。

 アドラが差し出した水を受け取り、一気に飲み干す。


「ここは……どこなんですか……?」


「ここは私の探偵事務所で、『島日本』という国だね。君はどこから来たんだい?クインの話によれば支払いとパトカーを知らないらしいし、どこの世界のヒトだね?」


「オレは……レン。獣の国ヴォルファリアの生まれ。フォクノナティア学園の生徒です」


「ほう……?ヴォルファリア……。聞いたことがない国だね」


「獣人だけの国です。数は少ないですがウロコ持ちっていう蛇や竜の獣人もいます」


 レンの回答を聴き、ペンを走らせる。

 リズムのいい音にレンは思わず首が縦に動く。

 アドラは何かを思いついたような表情を浮かべてレンを見る。


「君はもしかしたら【大穴の住人】かもしれないね。そしてここが地上」


「地上って……」


 レンは調査隊の目的『地上への進出』を単独で達成してしまったことに気が付き、喜び一割。不安九割。

 帰る手段はあるのかと悩むのだった。

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