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オレは誰……?

あけましておめでとうございます。

今年もマイペースに更新するのでよろしくお願いします。

このお話から新章突入ですのでご期待くださいね♪

 ――ぴちゃん。

 

 高く無機質に響き渡る音は心地よく眠るには鬱陶しい。

 何度も。何度も。

 眠りを妨げる音に苛立ちを感じ、世界を眺める。

 突き刺すような光が順応しようと黒目を細くする。

 光が強く、真っ白な世界が段々と彩度を取り戻していく。

 世界の輪郭が見え始め、周囲の状況が視認できるようになる。


「どこだろ……ここ」


 水たまりが男の姿を映し出す。

 色素を抜いたような金髪の猫族。

 茶虎ベースのカラーリングをし、手足口には白く柔らかい毛を身に纏う。

 顔の様子を詳しく見たいと思い、身を起こそうと手を地面につけた瞬間、全身の毛穴から汗が吹き出るような痛みが腹部を襲う。


「――ぐっ!?」


 あまりの痛みに身を丸め、視界が霞む中疑問に思う。


 ――この身体……しばらく食べてないのか……?それに……オレは、誰だ……?

 男の記憶が喪失しているのか自信が何者かわからず、意識を手放しかけた時、熱を帯びた痛みは少しずつ和らいでいく。

 微かに覚えている記憶と照らし合わせると、あり得ないほどの回復力である事に驚く。

 再び痛みが襲ってきても良いようにゆっくりと身を起こし、周囲を確認する。

 ――ヒゲが重たい。毛が湿気ってる。

 手櫛で顔の体毛とヒゲを整え、視覚以外の情報を取り入れる。

 男のヒゲの一本が風に揺られる。

 風の吹く方向へ歩みを進めると、透き通る青と灰色のビル群の二色が上下に分かれていた。


「なんだこりゃあ……!?」


 どこまでも続く青空に吸い込まれてしまうのではないかと思わず目を逸らす。

 何も思い出せないはずだが、野生的な勘がここの住人ではないと知らせる。

 男は急に胸が締め付けられるような感覚に囚われ、力無く尻尾を下げる。

 ――オレは、誰なんだ……?どこから来た……?

 それについて答えてくれるに人はおらず、市街地だろうと思われる場所へと足をゆっくりと運ぶのだった。


 §


「どうして止めさせるのですか……?」


「……この先はお前の力でどうにかなる世界ではないのじゃ」


「では、レン君を助けに行ってくれるのですか?」


「それはできぬ」


「見殺しに……するのですか?」


「……」


「……」


 リコはふくの答えを待つが、一向に帰ってくる気配がない。

 煮えたぎるような怒りやレンと離れてしまったことによる孤独感を抱くことがない。

 ただ。

 黒い感情が胸の中から鼻の先まで支配し、口を開ければいつでも出てきそうなものだった。


「リコちゃん……」


 サクラの心配そうな声はリコの耳に入らない。

 リコの心はボロボロに欠けたコップであり、既に限界を迎えていた。

 

(野狐の娘よ。女王は冷酷だろう?お前の大事なものを平気で捨てる。そんな女の言うことを聞くのか?)


 レンとの旅の道中、何度か語りかけてくる男の声。

 この声に耳を傾けてはならないと心臓が警鐘を鳴らすように強く早い脈動を繰り返す。

 しかし、リコは頼れるヒトはいないという孤独感に男の声に答えてしまう。

 

 ――それが、一族を……守るためでもあります……。

 

(ならば我の言うことを聞けばいい。お前は妖狐になった。女王に叛逆し、野狐の長となり、この国の実権を握るのだ。今のお前なら精霊の力もニンゲンの力も取り入れられるはずだ。『さあ!お前の黒で女王を倒せ!』)


 心の暗闇から聞こえる声にリコの意識が揺さぶられる。

 声の正体こそわからないが、本能的に【洗脳】の魔法であると理解する。

 その力に抗おうと魔力を昂らせた瞬間、レンを奈落の底に投げ捨てたニンゲンの暗い魔力と雄大な自然の魔力がリコの中へ無理やり注ぎ込まれる。


「あ゙っ……あ゙ぐ……ッ!」


 全身が小さな刃で切り刻まれるような魔力の奔流に思わず涙がこぼれ落ちる。


「レン……く……ん……」


 瞳の裏にレンの姿が浮かび上がる。

 自身の魔力を制御する役目を担っていたのがレンだったことを理解する。

 妖狐になるための器が出来上がっておらず、暴走する危険を無意識のうちにレンによる制御を制約に組み込んでいたのだ。

 顔の紋様が真紅に輝き、牙を剥き出しにして女王を睨みつける。


「リコちゃんやめて!」


「……」


 サクラの声は深い黒色の魔力に沈み込んだリコの意識には届かなかった。

 黄金色に輝いていたリコの体毛はみるみるの内に黒色に変色し、光を吸い込むような妖狐へと姿を変える。


「やはり【洗脳】に囚われた……か」


 ふくは目を細め、リコに指を向ける。

 ――私を……レン君のところへ……。

 自身の感情に反し、ふくにむけて牙を顕にする。

 怒り。

 恨み。

 悲哀。

 真っ黒な感情がリコの色を変え、歯止めが効かなくなる。


「リコちゃん!止まって!女王様は何か策があるはずだから!お願いっ!」


 サクラの叫びは最後まで届かなかった。

 ――誰か……私を呼ぶ声が……。もう、いいです……。早くレン君に……会わせて……。

 真っ黒な生暖かい沼に意識を沈み込むのだった。



 目の前に牙を剥く黒狐に対し、神を彷彿とさせる白き体毛を持つふく。

 野狐族が呪われている事実をなんとかしたかった。

 成獣にもなっていない彼女の身体を蝕む呪いに手を差し向ける。


「ふく。殺すのか?」


 ふくに跨がれたヴォルフが横目で見てくる。

 自身の不安定な感情を察せられたのかと思わずそっぽ向く。


「王族になり、わしを殺す……。綱彦は世界に呪いをかけたのかも知れぬ。わしらの国を……わしが絶望に打ちひしがれるまで」


「……【理】の魔法だな。こればかりは誰も手がつけられない。それで、どうするんだ?」


「わしが出るまでもない」


 興味が無さそうにそう言い放つとリコの背後をメリルが黒い魔道具の柄で殴り付け、物理的に意識を喪失させた。

 それを見たヴォルフは眉を顰め、口角を引きつかせながら無理矢理笑みを浮かべる。


「結構なお手前だ。ラスボス」


「誰がラスボスですか。冗談は程々にしてください」


 メリルの声は少し震えていた。

 ため息までも。

 

「私の二つ名は『処刑人』です」


 ヴォルフにそれだけ言い放つとふくの顔を見つめる。

 

「ふく様、申し訳ありません。リコは……本当は良い子で――」


「わかっておる。とりあえず牢に放り込み、様子を見るしかないの。解き放たれぬようであれば――、もう分かるの?」


 口を一文字にし、ふくに対して深々と頭を下げる。

 ふくがメリルに対し最大限の慈悲だった。

 ――教え子を手に掛ける……。そのようなことは誰だって望んではおらぬ。しかし……どうすればよいのか見当もつかぬ。

 一対の髪飾りに手を触れながら、この場にいる全員を帰国させたのだった。

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