一騎打ち
胸の中で闘志の炎が燃え上がる。
ハウルと直接戦うのは三度目。
初戦は二人とも初試合ということもあり、泥試合となり引き分け。
二戦目はサクラとペアを組んでの戦闘訓練。
初戦の頃とは違い、戦い方を学び、魔道具を使用した戦闘も身に馴染んだ頃。
ハウルはパートナーを作っており、圧倒的な戦力差に歯が立たず、苦渋を舐めさせられた。
そして今日の戦闘。
二人ともパートナーを作った状態かつ、入学の頃と比べ格段に戦闘能力が向上している。
レンは指揮棒型の魔道具を胸に当て、身体全体で深呼吸する。
――大丈夫。もう、ノーマジだった頃のオレはいない。たくさんの訓練や戦闘を経験したんだ。リコのパートナーとして……いや、オスとして負けられないっ!
胸の中の炎は目にも宿る。
深海の輝きを持つ瞳がレンの魔力に呼応する様に揺らぎを始める。
毛を逆立て、耳を後ろに倒し、臨戦体制に入る。
するとリコがレンの隣にやってくる。
「レン君。魔力を【共鳴】しますか?」
「……そうだね。向こうが全力を出してくるなら、応えないと失礼、かな?」
少し冗談のつもりで言ったが、リコは本気にしたようで思わず笑顔が引き攣る。
「そうですね。では、お願いします」
レンの右手とリコの左手が結びつくと、二人の異なる魔力が【共鳴】しあい、一つの魔力へと変わる。
二人の間には見えない血管で繋がり、魔力を二人の間で循環させる。
手を離したとしても、二人を分つ事が出来ない強固な絆の証。
リコが王族変異を遂げた事で魔力は更に膨大な量になっており、一人で抱えるにはあまりにも強大にも感じる。
【共鳴】という二人の絆が魔力の暴走を抑え込んでいるようにも感じられ、レンはパートナーとしての意識を強く心に刻み込む。
「終わったのかよ?」
「ああ。待たせたな」
振り返らず、親指を立ててリコに合図を送る。
レンが位置についたことで暴風が吹き荒れる。
魔力を通してハウルの覚悟が伝わり、リコとサクラ達の想いを乗せて圧倒的な密度で押し返す。
「今までと同じだと思ったら大間違いだからな!ハウル!」
「魔法を持ったって、落ちこぼれは落ちこぼれ。俺はお前に勝ってそれを証明してやる!」
地面が唸り、岩山の一部が崩れ、砂埃が舞う。
二人の間にサムが割って入り、右手を上空へ掲げる。
「それでは試合を行う。もしもの時は私が力尽くで止めに入るいいな?」
二人は頷くと圧力が高まり、地面に亀裂が入る。
サムの腕が振り下ろされ――「はじめッ!」という号令がかけられた瞬間、ハウルはレンとの距離を一気に縮め、顔面に向けて拳が迫っていた。
――そう来ると思ってたよ!メリル先生がいるんだ……。多少強く当てても大丈夫のはずっ!
それを冷静に判断し、上体を反らせて鋭い一撃をハウルの顎に与える。
魔力凝縮。
基本的な魔力操作の一つ。
魔力を集中させることで物の一撃を高めるものであり、レンの拳はハウルの顎を砕く予定だった。
流星の如く吹き飛ばしたものの、レンの拳には骨を砕いた感触は無い。
魔力凝縮による防御である。
その場に赤い唾を吐き捨て、グルグルと唸りを上げるハウル。
その目はカウンターを予想していなかったのか、或いは脳震盪で視界が安定しないのか、目が泳いでいる。
その隙を見逃さず地面を思い切り蹴飛ばし、ダメ押しの一撃をハウルの鳩尾に押し込む。
確かな手応え。
しかし、ハウルは微動だにしない。
もう一撃を加えようと振りかぶった時、レンの頭上から掠れた声が聞こえる。
「なめんな……っ!」
後ろ首を掴まれ、宙に投げられ、大刀の腹でハエ叩きのように撃ち込まれ地面を転がる。
地面を転がる反動を利用し、飛び上がって体勢を立て直す。
白兵戦は互角。
その事実に腹の奥底から湧き上がる何かを感じ取る。
一方、ハウルの顔はどんどん曇っていく。
種族差があるはずだった二人の力関係が互角という事。
レンは拮抗した実力同士の戦いの楽しさを実感する。
ハウルは八相の構えをとる。
魔法が飛んでくる。
レンの野生の勘が危険信号を訴える。
「『我が身に宿し剛力無双。韋駄天の如き速さで敵を欺き、全てを破壊す――』ぐあっ!?」
ハウルの詠唱が終わる寸前、不可視の弾丸がハウルを吹き飛ばす。
射線の先にはレンが指揮棒型魔道具の先端をハウルに向けており、レンの攻撃だと誰もが理解する。
しかし、この場に居る誰もがその攻撃を理解できなかった。
なぜならレンは魔法を使っていないから。
詠唱中の無防備な体勢を狙われたハウルのダメージは非常に大きい。
サムが駆け寄ろうとしたところ「来るなっ!俺はまだ負けてないっ!」と追い返す。
戦いが続行された事でレンは杖を三度ハウルに向けて振るう。
左肩、右脇腹、左大腿部に炸裂し、ハウルはついにその場に倒れる。
その光景を見たサムは目を見開き、呟く。
「【魔弾の射手】……!?」
「先生。それって?」
「ふく様やヴォルフ様、そしてオクトが使う技だ。元々は魔力を飛ばす技術【遠当て】というものを極限まで極めた技術。それが【魔弾の射手】なんだ。どこであんな物覚えたんだ……!?」
聞き耳を立てていたレンは思わず目を輝かせる。
「【魔弾の射手】って言うんだ……。オレも……少しはオクトさんに追いつけたんだ……!」
以前訓練所でオクトの【遠当て】を見ていたレン。
魔力凝縮や魔力纏いの攻撃力を遠距離で与えられるようになれば、リコのサポートがしやすくなると考え、密かに進めていた計画である。
しかし、レンの魔力では二メートル投げた先で霧散するものだった。
それを解決するのが魔道具だった。
緋い鉱石は魔力を溜め込む性質があり、魔法だけでなく魔力を貯められるのならばと試行錯誤して作った物が機能したのだ。
もっとも【共鳴】した今は貯めなくとも【遠当て】が出来るのだが。
レンはハウルのそばに寄り、杖の先端を首に当てる。
「オレの……勝ちだ!」
レンの勝利の言葉がこだますると、黒い稲妻がレンの背後に落ちたのだった。




