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心配性

「サム先生ぇ!寒いよ!」


 一年中恒温な気候であるこの世界には天気と季節が無い。

 しかし、溶岩に溢れ、気温が高い場所もあれば標高が高く、風が吹き荒れることで寒冷地となっている場所もある。

 サクラがいる場所はそんな所である。

 あまりの寒さに口を尖らせ、毛を逆立てて抗議をすると申し訳なさそうな顔でサムは後ろ頭を掻いて頭を下げる。


「わるいな。これも課外授業の内なんだ。我慢してくれよ」


 サムは教師用の制服ではなく、道着のような服装の上に関節と胴体に鎧を装備したものであり、不思議といつもより気合が入っているように見える。

 手に持っている魔道具も普段、生徒を抑制する為のものとは違い、黒色のナックル型の魔道具である。

 ――国外に出るって聞いていたけど、コレって本気の装備じゃない!一体何をするっていうの?!

 未だに課外授業の内容を知らされておらず、サクラのイライラが雪の様に積もっていく。

 しかし、それよりも先に噴火した者がいた。


「ダァーッ!!こんなところに呼び出して一体何がしたいんだッ!」


 牙をむき出しにし、今にも食ってかかりそうな表情でサムに詰め寄るハウル。

 犬族の牙を見せつけられ、普通なら怯むところだが、サムは熊族。

 体格も実力もハウルとは比べ物にならないレベルで鍛え上げられている。

 そして調査隊最初期の元メンバーでもある。

 それを知ってか知らずか敵意むき出しのハウル。

 グルグルと唸りをあげていると頭の上に黒い棒が叩きつけられ、「キャンッ」と悲鳴をあげて後ずさる。

 叩かれた頭を押さえて振り向くと微笑みを浮かべるメリルが立っていた。

 その表情には怒りが込められており、気圧され、耳をペタンと畳んで尻尾を巻く。

 羊族でありながらハウルの牙に怯まないメリル。

 彼女は卓越した魔法のセンスで様々な種類の魔法の研究をする研究者である。

 その傍で学園の保健室の担当と教師をしている。

 教師として肉食系の種族に立ち向かう必要があるものの、彼女は異質である。

 ――先生の魔力、王族に匹敵するくらい濃いんだよねぇ。そんなのぶつけられたらいくら特級クラスレベルの魔力を持ってても戦意を失うわよ。

 サクラは簡単にハウルを御する事ができるメリルを羨望の眼差しで見つめる。


「そろそろこの課題に対して説明をしても良いだろうな。サム、いいか?」


 親指を立てて合図をするとメリルは地図を地面に広げる。


「今私たちがいるのはこの山の麓。ここには風を司る精霊が眠っているという噂だ」


 精霊と聞き、サクラの表情が厳しい寒さの冬から満開の花びらのように明るくなる。

 

「先生……!それって……!?」


 大きく膨らんだ尻尾を見て、得意そうにメリルは笑みを返す。

 話についていけず、蚊帳の外であるハウルは魔力を体から溢れ出させ、小刻みに震える。


「だから何なん――」


「あれ?何で先生たちがここに?サクラさんも……ハウルまで……」


「「「レン!」」」


 岩の影からレンとリコがひょっこりと顔を出す。

 嬉しさのあまり、サクラはレンに飛びつこうとするが、サクラの知っているレンとは少し違い、踏み止まる。

 ――何だろ……?あんまり日にちは経っていないのに凄く大人になっている気がする……。

 サクラはレンから漂う【オトナのニオイ】に触れ、心臓の音が大きく跳ね上がり、身体が火照る。

 同じくレンの匂いを嗅いだメリルはリコの目を見つめ、頷く。

 相変わらず、きょとんとした表情で首を傾げるが、いつも通りのリコで安心する。


「ね!どうだったの?風の精霊と契約できたの?」


「風の精霊とは契約できませんでした」


 リコの口から伝えられた結果にサクラは眉を下げ、尻尾を力無く垂らす。


「ですが、私の魔法が何なのか分かりました」


 その言葉にメリルは目を見開き、期待の眼差しでメモを取る準備をする。


「私の魔法は【精霊唄】。精霊魔法の紋章を直接起動ができる魔法のようです」


「……精霊を介さずに精霊魔法を放つ事ができるという事で間違いないのか?」


「はい。威力も女王やヴォルフ様と張り合う事ができるほどかと……。難点として、発動をさせるには唄を唄わなければなりませんので詠唱時間が非常に長いです。そんなところです」


 魔法の説明が淡々と告げられ、メリルは完全にメモを取り終える。

 説明を整理し、条件を把握するとメリルは満足そうな笑みを浮かべる。

 普段の厳しい表情からはなかなか見られないため、サムとハウル以外は目を見開いて驚く。


「リコがノーマジ……魔法を発動できなかったのは特殊な発動条件が必要な精霊魔法の紋章を起動させる魔法だったからだな。しかし……【召喚】とは違って自由に扱えないのは難儀なものだ……」


「その点は大丈夫です」


 自信たっぷりな表情にメリルは不思議そうに首を傾げると、リコは左手を――指輪を見せ付ける。

 淡く翡翠色に輝く石を覗き込み、根源魔法【風】の存在をメリルは感じ取る。


「これは……元素魔法の根源……!?これを解析すれば、【風】の魔法について全て知る事ができる……!という事は精霊達が持っているのは元素魔法ではなくて根源魔法という事だから、根元から派生したのが元素で――ぶつぶつ……」


「あーあ、始まったよ。めえさんはこうなると魔法のことしか頭にないから暫くほっとくしかないぞ」


 サムは両手をあげてお手上げだとアピールする。


「おい」


 今まで一度も口を開かなかったハウルがレンを呼び、ゆっくりと歩み寄る。

 呼ばれたレンは嫌な顔ひとつせず振り向くと同じようにハウルに歩み寄る。

 レンは見上げ、ハウルは見下す。

 いつものような状況だったが、サムは何かを感じ取り、二人の間に立つ。


「先生ェ」


「わかっている。レンは?」


「もちろん受けて立つ」


 ハウルは大刀を担ぎ、レンは指揮棒型の魔道具を手に取る。

 ハウルの燃え盛る闘志とレンの静かな闘志がぶつかり合い、一騎打ちが繰り広げられるのだった。

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