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入刀

 【夜】の闇を押し返す。

 威厳漂わせ光を見下ろす月の羽衣を纏う白鳥の精霊。

 光を発しているのは若いネコの少年とキツネの少女。

 少年の目に宿るは愛情。

 春の陽気を思わせる優しいまなざしは彼が少女へあふれんばかりの愛情が感じられる。

 少女の目に宿るは信頼。

 秋の静けさを思わせる凛としたまなざしは彼女が少年からの愛情を信頼していると感じられる。

 真逆のように見えて似た者同士の二人。

 そんな二人の魔力が混ざり合い、二人のための魔力に生まれ変わる。

 互いに大切そうに少しずつ摘みとる。

 リコの肩が下がり、金色の瞳で材料の山を見つめる。

 右手の力が強くなると、握り返す手も強くなる。


 大丈夫。オレがついている。


 リコにはそのように感じた。

 胸の奥底から熱を帯びた何かを感じ取り、リコは唄う。


 ――――――

 青き羽の音は 闇夜を渡り

 眠る波を そっと揺らすだろう

 鶴は 白光を纏い

 風の吹き溢れる山々の 象徴となれ

 ――――――


「『数多の魔法の根源よ。我が想いビトの願いの唄を重ね繋ぎ合わせ、荘厳たる音色を奏で、想いを昇華せよ』」


 リコの唄、レンの詠唱。

 二人の魔法を司る紋章が螺旋を描き、空へと昇っていく。

 二人の紋章は星のように煌めき、【夜】を告げる空に吸い込まれたかと思いきや、昼と見紛うような光を纏い、山を包み込むように放射線を描き、ドーム状の紋章を展開する。

 風の精霊にとって奇想天外な出来事が多く、言葉を失う。

 ――何だこれは……!?二人の魔法が変質を続け、儂の紋章の構造を変えた……!もしや……この二人なら【理】に近づく事ができる……そんな逸材やもしれぬな。

 二人に対して最大級の賛辞を心の中で呟き、リコの【精霊唄】を心地良さそうに聴き入る。

 独唱だったはずの【精霊唄】はレンの魔法によって斉唱になり、威力の違う紋章たちによる合唱へと昇華する。

 その音色は風の精霊に対する讃歌となり、紋章が神々しく輝く。

 リコによって紡ぎ出される【精霊唄】はレンの力で音を重ね合わせ奏でる。

 二人で一つの魔法【重奏唄かさねうた】がこの世に生み出された瞬間である。

 リコの唄が終わり、輝く紋章の中、互いの息遣いが聴こえ、あまりの無音に耳鳴りがするほどの静寂に包まれる。

 魔法という存在である精霊は淡い翡翠色の光に包み込まれ、ゆっくりと瞼を開ける。


『実に心地よい唄であった』


「ありがとうございます。それでは最後の仕上げを行います」


『うむ』


 

 短く返事をすると、両手の翼を上空へ向けて広げる。

 一羽ばたき。

 たったそれだけで嵐のような大風が吹き溢れる。

 しかし、初めて出会った時の凍りつくような感覚や戦いの中で感じ取ったひりつく様な敵意は込められていない。

 嵐が過ぎ去った後の澄み切った突風。

 それは、ねばつく汗も乾かし、不安な気持ちも吹き飛ばしてしまう様な爽快感を二人は味わう。

 二人は目を合わせ、頷くと、精霊の身体ごと紋章を凝縮させ、材料の上に浮かばせる。

 魔力で【結合】の紋章を空中に描くとレンの魔法で上級魔法に昇華する。

 精霊の紋章と材料を覆い被せるように紋章を配置し、二人は詠唱を始めた。


 ――――――

 神々の恩寵を与えられし素材たちよ。我らが作り出す器は何れ風の恩寵を宿すだろう。彼らに安寧をもたらす住処を我らの力を以て作り上げよ。


 我の命が保つ限り、その姿を確実なものに。

 我の唄で其方が穏やかに過ごせるように願う。


 風の精霊よ。我らは日々、其方の力を借り、過ごせることを感謝し、その形を奉納する。

 ――――――

 

 普段の詠唱と比べ、遥かに長く、感謝に重きを置いた詠唱。

 二人の祈りに応えるように風の精霊と素材が溶け合うように一つになる。

 レンは不思議な感覚に首を傾げる。


「どうされましたか?」


「いつもなら素材も紋章も反発しあって、凄く大変な作業なんだけど、今回はそんな事ない……?」


「……きっと、風の精霊が私たちに力を貸してくれているのかもしれませんね」


 その言葉にレンは「そうだね」と短く返すと、リコの手を握る力を少し強くする。

 間髪入れずにリコも同様に力を込めて応える。

 渦を描くような魔力と風の奔流と共に魔道具が完成する。

 波を打つような刀身。

 包み込むような翼の形をしている鍔。

 緋色に輝く両刃の剣が置いてあり、風の精霊の姿はどこにもなかった。

 レンはそれを手に取り、上空へ掲げると、その刀身と薄さに驚く。

 金属ふんだんに使用しているにも関わらず、刀身越しに【太陽】が映り込む。


「……?」


「朝、ですね」


「また、やっちゃったね」


「ですが、風の精霊はきっと喜んでくれるかと」


 握りしめた剣から絶えず風が渦巻いている。

 二人が手に入れた紅い鉱石は魔力を溜め込む性質が窺える。

 山頂と思われる場所まで歩き、二人は山に剣を突き立てた。

 普通のツルハシですら跳ね返すほどの硬度がありそうな岩を脂の塊に刺すように易々と突き刺さり、刀身の半分の位置で止めた。

 研磨せずとも繰り出される切れ味にレンは思わず飛び跳ねた。


「す、凄い切れ味だね……」


「はい。おそらくですが、【風刃】が常に発動されている状態だと思って良いかと」


 冷静に答えるリコに苦笑いを浮かべながらも、差し出された手を取り、二人で祈りを捧げるのであった。

 朝日に照らされ、岩のドレスが広がる大地。

 鼻を突き刺す寒気に耐えながら山頂からの景色を目に焼き付けた。

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