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狼族の顛末を知る精霊

 地図を書き換えられるほどの魔法を手にしたリコ。

 あることを思い出し、左手を見る。


「壊れてなかった……。よかった……」


 リコは翡翠色に輝く石が付いた指輪――レンの作った魔道具が壊れていなかったことに安心していた。

 レンもまた同様に安心していると、風の精霊がレンの前に座る。


『まあ、座れ』


 精霊にそう促され、目の前に座ると首飾りをレンに手渡す。

 それを手に取り、じっくりと観察するとレンの表情が驚きの表情となる。


「これって……!?」


『そう。狼族の男が作ったものだ』


「どうかされたのですか?」


「うん。これ、父さんの魔道具だ」


 レンの作った指輪にそっくりな石が取り付けられた魔道具はレンの魔道具同様に翡翠色に輝いていた。


『この首飾りは儂の姿が安定するようにと作ったらしいが……まさか、レンの父親だとはな』


「父さんは精霊様のためにこれを作っていたんだ……」


『いや、我々が魔法という生き物だから封じ込めてやろうという目的だったと聞いているが?まあ、話すうちに体の安定に変わっていったのだが』


「ええ……」


 父親の目的が魔法にしかない事にレンは期待外れの表情を浮かべる。

 しかし、精霊は父親のことを恨んでいたり、憎んでいたりしていなかった。


『狼族は我々と共生の道を歩んでいた種族だからな。その中でお前の父親だけ我に実体化の手段をとったのだ。感謝しても仕切れない程だ』


 父親のことを褒められたレンは非常に嬉しそうな表情を浮かべる。

 ――やはり、血は争えぬか。

 レンがコロコロ表情を変える事に懐かしさを覚える。

 生き物と同じ器官は持たない体でどこに記憶があるのか不明だが、精霊の記憶には無邪気に笑う狼族の姿がレンと重なり合っていた。

 そんな中、リコが口を開く。


「狼族と共生していたとおっしゃりますが、今は親交がないのでしょうか?」


『そうだな……。あの時に殆どが【暗黒】に飲まれ、死に絶えた。これは狼族を狙った侵攻だともいえる』


「特定の種族を狙って……?」


『野狐であるリコならば分かるだろう?【洗脳】の魔法だ。あの魔法は世界を呪うようにかけられている強力な魔法だ』


「――!」


 精霊の口から告げられた【洗脳】の魔法。

 それは一族でも集落でもなく世界にかけられた魔法だと知る。

 世界にかけられた魔法。

 この魔法が強力であることは想像に難くない。

 この魔法は『理』そのものであり、代表的なものでは【太陽】が該当する。

 この世界が作られた時、氷狼:ヴォルフの力の半分を【太陽】に変え、世界に光と熱を与えた。

 何もない空間に光と熱が生まれると創造神によって【生命】の魔法を世界にかけた。

 この世界の始まりは二人の神の『理』を司る魔法によって最初の繁栄がもたらされたのである。

 それ以来、『理』に干渉する魔法は確認されなかった。

 あのキツネの女王:ふくですら一時的な繁栄をもたらす魔法しか発動していない。

 魔法によって乱された環境はある程度は修復力が働く。

 その中で世界の『理』――システムとして修復力の影響を受けない魔法が新たに掛けられたということ。

 未熟な年齢であってもレンとリコにも分かる。

 それと同時にリコの表情が曇る。

 『理』の魔法に干渉することはできない。

 強力な修復力によって直されてしまうからだ。


「【洗脳】は解けない……って事?」


『その理解で正しい。一般魔法が『理』になった事例はないが、その魔法の持ち主はこの世界の者ではない可能性があると見ていい。世界を隔てる【境界】が通行を許さないのはそういう事だろう』


「地上に進出して世界を滅ぼす可能性があるから……でしょうか?」


 精霊が静かに頷く。

 地上の世界を目指す調査隊は【洗脳】がレンたちの世界に存在する限り目標を達成できないという事実を突きつけられた。


「これは……ヴォルフ様とふく様に伝えた方がいい……よね?リコ」


「……そうですね。あのヒトも一応被害者、ですし……」


『そういえば、お前たちは何を目指して此処に来たのだ?』


「私の魔法の発現のためです」


『それだけか?』


「はい」


『そうか。それならば当初の目的は達成できた、という事だな。それなら一つ我らの頼みを受けてくれぬだろうか?』


 精霊は畏まった様子で頭を下げる。

 その様子に二人は顔を合わせて首を傾げる。


「頼み……というのは?」


『何、難しいものではない。そこにある祠を立て直して欲しいんだ。我らは元々実体が無い。こういったものが無ければ力を失ってしまうのだよ』


 精霊の依頼を聴き、レンは頭を抱え、リコも同様に難しい顔をする。


「下手くそでも大丈夫ですか?」


『ふふ……はっはっはっ……!』

 

 レンの質問に精霊は腹を抱えて笑う。


『急に何を悩むのか気にすれば、下手でも良いか?とはの!当然、長い事建ってくれると助かるが、お前たちの思いを乗せて建てるだけで良い。面白き子供たちだの……!』


 精霊の答えを聴き、二人は安心したような表情を浮かべ、確認する。

 

「それなら……大丈夫かな?」


「ええ。そんな大きな物を作るのは初めてですし。材料はミスリルと魔法樹を使いましょうか?」


「そうだね……」


 完全に二人だけの世界に入り込み、祠を制作し始めるのであるが、風の精霊が思ってもみなかった事になるとは今は誰も知らなかった。

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